・・・一片の麩を争う池の鯉の跳躍への憧憬がラグビー戦の観客を吸い寄せる原動力となるであろう。オリンピック競技では馬やかもしかや魚の妙技に肉薄しようという世界じゅうの人間の努力の成果が展開されているのであろう。 機械的文明の発達は人間のこうした・・・ 寺田寅彦 「からすうりの花と蛾」
・・・一片の麩を争う池の鯉の跳躍への憧憬がラグビー戦の観客を吸い寄せる原動力となるであろう。オリンピック競技では馬や羚羊や魚の妙技に肉薄しようという世界中の人間の努力の成果が展開されているのであろう。 機械的文明の発達は人間のこうした慾望の焔・・・ 寺田寅彦 「烏瓜の花と蛾」
・・・――当のない憧憬や、恐ろしく感傷的な愛に動かされたりする。そうかと思うと、急に熱心に生垣の隙間から隣を覗き、障子の白い紙に華やかな紅の色を照り栄えながら、奥さんらしい人が縫物をしているのを眺める。ここの隣りに、そんなうちがあるのが不思議に感・・・ 宮本百合子 「思い出すかずかず」
第一、相手の性行を単時間に、而して何等かの先入的憧憬又は羞恥を持った人が、平生に観察し得るだけの素養と直覚とを持ているか如何か、ということが大きな根本的な問題と存じます。第二、若し其れだけの心の力がある人なら、相手の表情・・・ 宮本百合子 「結婚相手の性行を知る最善の方法」
・・・これは、日本の知性の歴史にとって忘られない明るさ、つよい憧憬、わが心はこの地球を抱く思いをさせたのであったが、その胸のふくらみにくらべて脚はよわく、かつ光栄ある頭蓋骨をのせるべき頸っ骨も案外によわかった。日本のいく久しい封建社会の歴史にもた・・・ 宮本百合子 「現代の主題」
・・・自分の心は、此二十四歳の女の心は知らない憧憬に満ち、息つき、きれぎれとなりしきりに何処へか、飛ぼうとする。一つ処に落付かずああ 木の芽。 陽の光。苦しい迄に 胸はふくれて来る。 *心が響に・・・ 宮本百合子 「五月の空」
・・・それは彼が常にその完全な生活の感覚化から、他の何者よりもより高き生活を憧憬してやまなかった心境から現れたものに他ならない。感覚触発の対象 未来派、立体派、表現派、ダダイズム、象徴派、構成派、如実派のある一部、これらは総て自分・・・ 横光利一 「新感覚論」
・・・すなわち牧歌的とも名づくべき、子守歌を聞く小児の心のような、憧憬と哀愁とに充ちた、清らかな情趣である。氏はそれを半ばぼかした屋根や廂にも、麦をふるう人物の囲りの微妙な光線にも、前景のしおらしい草花にも、もしくは庭や垣根や重なった屋根などの全・・・ 和辻哲郎 「院展日本画所感」
・・・諸君の中には確かにある未知の神への憧憬が動いているのである。予の神はこの、諸君が知らずして礼拝するところの神である。諸君はあの祭壇に、人間の手で作った神を据えなかった。それはまことに正しい。万物の造り主である活ける神は、人の工と巧とをもって・・・ 和辻哲郎 「『偶像再興』序言」
・・・相重なった屋根の線はゆったりと緩く流れて、大地の力と蒼空の憧憬との間に、軽快奔放にしてしかも荘重高雅な力の諧調を示している。丹と白との清らかな対照は重々しい屋根の色の下で、その「力の諧調」にからみつく。その間にはなお斗拱や勾欄の細やかな力の・・・ 和辻哲郎 「偶像崇拝の心理」
出典:青空文庫