・・・ その人たちというのは、主に懶惰、放蕩のため、世に見棄てられた医学生の落第なかまで、年輩も相応、女房持なども交った。中には政治家の半端もあるし、実業家の下積、山師も居たし、真面目に巡査になろうかというのもあった。 そこで、宗吉が当時・・・ 泉鏡花 「売色鴨南蛮」
・・・も私は飲んだり喰ったりして遊ぶ事が以前から嫌いだったから、緑雨に限らず誰との交際にも自ずから限度があったが、当時緑雨は『国会新聞』廃刊後は定った用事のない人だったし、私もまた始終ブラブラしていたから、懶惰という事がお互いの共通点となって、私・・・ 内田魯庵 「斎藤緑雨」
・・・と気がるに蘊藻浜敵前渡河の決死隊に加わって、敵弾の雨に濡れた顔もせず、悠悠とクリークの中を漕ぎ兵を渡して戦死したのかと、佐伯はせつなく、自分の懶惰がもはや許せぬという想いがぴしゃっと来た。ひっそりとした暮色がいつもの道に漂うていた。「つまり・・・ 織田作之助 「道」
・・・ヒルデブラントの道徳的価値盲の説のように、人間の傲慢、懶惰、偏執、欲情、麻痺、自敬の欠乏等によって真の道徳的真理を見る目が覆われているからだ。倫理学はこの道徳盲を克服して、あらゆる人と時と処とにおいて不易なる道徳的真理そのもの、ジットリヒカ・・・ 倉田百三 「学生と教養」
・・・ 両手で頬杖しながら匍匐臥にまだ臥たる主人、懶惰にも眼ばかり動かして一眼見しが、身体はなお毫も動かさず、「日瓢さんか、ナニ風邪じゃあねえ、フテ寝というのよ。まあ上るがいい。とは云いたれど上りてもらいたくも無さそうな顔なり。「・・・ 幸田露伴 「貧乏」
八年まえの事でありました。当時、私は極めて懶惰な帝国大学生でありました。一夏を、東海道三島の宿で過したことがあります。五十円を故郷の姉から、これが最後だと言って、やっと送って戴き、私は学生鞄に着更の浴衣やらシャツやらを詰め・・・ 太宰治 「老ハイデルベルヒ」
・・・日に十里を楽々と走破しうる健脚を有し、獅子をも斃す白光鋭利の牙を持ちながら、懶惰無頼の腐りはてたいやしい根性をはばからず発揮し、一片の矜持なく、てもなく人間界に屈服し、隷属し、同族互いに敵視して、顔つきあわせると吠えあい、噛みあい、もって人・・・ 太宰治 「畜犬談」
・・・ と、やけくそになって書き出した、文字が、なんと、 懶惰の歌留多。 ぽつり、ぽつり、考え、考えしながら書いてゆく所存と見える。 い、夜の次には、朝が来る。 太宰治 「懶惰の歌留多」
・・・して必ず遺漏あるべきなれば、この法を研究するには、盲人の音学に精 ひとり医学のみならず、理学なり、また文学なり、学者をして閑を得せしめ、また、したがって相当の活計あらしむるときは、その学者は決して懶惰無為に日月を消する者に非ず、生来の習・・・ 福沢諭吉 「学問の独立」
・・・故に中津の上等士族は、天下多事のために士気を興奮するには非ずして、かえってこれがためにその懶惰不行儀の風を進めたる者というべし。 右のごとく上士の気風は少しく退却の痕を顕わし、下士の力は漸く進歩の路に在り。一方に釁の乗ずべきものあれば、・・・ 福沢諭吉 「旧藩情」
出典:青空文庫