・・・のみならず朋輩たちに、後指をさされはしないかと云う、懸念も満更ないではなかった。が、それにも増して堪え難かったのは、念友の求馬を唯一人甚太夫に託すと云う事であった。そこで彼は敵打の一行が熊本の城下を離れた夜、とうとう一封の書を家に遺して、彼・・・ 芥川竜之介 「或敵打の話」
・・・当時の私の思量に、異常な何ものかを期待する、準備的な心もちがありはしないかと云う懸念は、寛永御前仕合の講談を聞いたと云うこの一事でも一掃されは致しますまいか。 私は、仲入りに廊下へ出ると、すぐに妻を一人残して、小用を足しに参りました。申・・・ 芥川竜之介 「二つの手紙」
・・・部屋の具合とか窓の外の海とか云うもので、やっとそう云う推定を下しては見たものの、事によると、もっと平凡な場所かも知れないと云う懸念がある。いや、やっぱり船のサルーンかな。それでなくては、こう揺れる筈がない。僕は木下杢太郎君ではないから、何サ・・・ 芥川竜之介 「MENSURA ZOILI」
・・・と何故かこの絵が、いわれある、活ける恋人の如く、容易くは我が手に入らない因縁のように、寝覚めにも懸念して、此家へ入るのに肩を聳やかしたほど、平吉がかかる態度に、織次は早や躁立ち焦る。 平吉は他処事のように仰向いて、「なあ、これえ。」・・・ 泉鏡花 「国貞えがく」
・・・ さてはいかなる医学士も、驚破という場合に望みては、さすがに懸念のなからんやと、予は同情を表したりき。 看護婦は医学士の旨を領してのち、かの腰元に立ち向かいて、「もう、なんですから、あのことを、ちょっと、あなたから」 腰元は・・・ 泉鏡花 「外科室」
・・・「まったく、懸念無量じゃよ。」と、当御堂の住職も、枠眼鏡を揺ぶらるる。 講親が、「欣八、抜かるな。」「合点だ。」 四「ああ、旨いな。」 煙草の煙を、すぱすぱと吹く。溝石の上に腰を落して、打坐り・・・ 泉鏡花 「菎蒻本」
・・・ いや、懸念に堪えない。「玉虫どころか……」 名は知るまいと思うばかり、その説明の暇もない。「大変な毒虫だよ。――支度はいいね、お誓さん、お堂の下へおりて下さい。さあ……その櫛……指を、唇へ触りはしまいね。」「櫛は峰の方・・・ 泉鏡花 「神鷺之巻」
・・・ その寂寞を破る、跫音が高いので、夜更に里人の懐疑を受けはしないかという懸念から、誰も咎めはせぬのに、抜足、差足、音は立てまいと思うほど、なお下駄の響が胸を打って、耳を貫く。 何か、自分は世の中の一切のものに、現在、恁く、悄然、夜露・・・ 泉鏡花 「星あかり」
・・・他なし、渠はおのが眼の観察の一度達したるところには、たとい藕糸の孔中といえども一点の懸念をだに遺しおかざるを信ずるによれり。 ゆえに渠は泰然と威厳を存して、他意なく、懸念なく、悠々としてただ前途のみを志すを得るなりけり。 その靴は霜・・・ 泉鏡花 「夜行巡査」
・・・ 人格という意味をかかる共同人間の意味に解するならば、人格主義はその独善性から公共に引き出され、社会活動がその内面性の堕落かの如き懸念から、解放されて社会的風貌を帯びて行くであろう。一方では「社会公共の幸福」なる意味も、第一にその社会公・・・ 倉田百三 「学生と教養」
出典:青空文庫