・・・ところが書画骨董に心を寄せたり手を出したりする者の大多数はこの連中で、仕方がないからこの連中の内で聡明でもあり善良でもある輩は、高級骨董の素晴らしい物に手を掛けたくない事はないが、それは雲に梯の及ばぬ恋路みたようなものだから、やはり自分らの・・・ 幸田露伴 「骨董」
・・・家は数十丈の絶壁にいと危くも桟づくりに装置いて、旅客が欄により深きに臨みて賞覧を縦にせんを待つものの如し。こはおもしろしと走り寄りて見下せば、川は開きたる扇の二ツの親骨のように右より来りて折れて左に去り、我が立つところの真下の川原は、扇の蟹・・・ 幸田露伴 「知々夫紀行」
・・・およそ一町あまりにして途窮まりて後戻りし、一度旧の処に至りてまた右に進めば、幅二尺ばかりなる梯子あり。このあたり窟の内闊くしてかえって物すさまじ。梯の子十五、六ばかりを踏みて上れば、三十三天、夜摩天、兜率天、とうりてんなどいうあり、天人石あ・・・ 幸田露伴 「知々夫紀行」
・・・でございましたが、私は十二時すぎに店をしまいまして、それから大いそぎで築地の或る心易くしている料理屋へ風呂をもらいに行きまして、かえりには、屋台でおそばを食べ、家へ来て勝手口をあけようとしても、もう内桟をおろしてしまったようで、あきませんで・・・ 太宰治 「男女同権」
・・・雨戸の端が小さく破られ、そこから、白い手が、女のような円い白い手が、すっと出て、ああ、雨戸の内桟を、はずそうと、まるでおいでおいでしているように、その手をゆるく泳がせている。どろぼう! どろぼうである。どろぼうだ。いまは、疑う余地がない。私・・・ 太宰治 「春の盗賊」
・・・文鳥はしのびやかに鳥籠の桟にかじりついていた。自分は明日から誓ってこの縁側に猫を入れまいと決心した。 翌日文鳥は鳴かなかった。粟を山盛入れてやった。水を漲るほど入れてやった。文鳥は一本足のまま長らく留り木の上を動かなかった。午飯を食って・・・ 夏目漱石 「文鳥」
・・・それは板の上へ細い桟を十文字に渡した洒落たもので、小使が毎朝拭掃除をするときには、下から鍵を持って来て、一々この戸を開けて行くのが例になっていた。自分は立って敷居の上に立った。かの音はこの妻戸の後から出るようである。戸の下は二寸ほど空いてい・・・ 夏目漱石 「変な音」
・・・別荘造りのような構えで、真ん中に広い階段があって、右の隅に寄せて勝手口の梯が設けてある。家番に問えば、目指す家は奥の住いだと云った。 オオビュルナンは階段を登ってベルを鳴らした。戸の内で囁く声と足音とがして、しばらくしてから戸が開いた。・・・ 著:プレヴォーマルセル 訳:森鴎外 「田舎」
・・・中庭より直に楼に上るべき梯かけたるなど西洋の裏屋の如し。屋背は深き谿に臨めり。竹樹茂りて水見えねど、急湍の響は絶えず耳に入る。水桶にひしゃく添えて、縁側に置きたるも興あり。室の中央に炉あり、火をおこして煮焚す。されど熱しとも覚えず。食は野菜・・・ 森鴎外 「みちの記」
・・・と云われて、梯を登り掛かると、上から降りて来る女が「お暑うございますことね」と声を掛けた。見れば、柳橋で私の唯一人識っている年増芸者であった。 この女には鼠頭魚と云う諢名がある。昔は随分美しかった人らしいが、今は痩せて、顔が少し尖ったよ・・・ 森鴎外 「余興」
出典:青空文庫