・・・妻のいまわりはそのために乾皮った竹の皮だらけだった。しかし膝の上にのせた鎧はまだ草摺りが一枚と胴としか出来上っていなかった。「子供は?」と僕は坐るなり尋ねた。「きのう伯母さんやおばあさんとみんな鵠沼へやりました。」「おじいさんは・・・ 芥川竜之介 「死後」
・・・「一抔土未乾 六尺孤安在」の双句は天成のデマゴオクを待たない限り、発し得ない名言だったからである。 わたしは歴史を翻えす度に、遊就館を想うことを禁じ得ない。過去の廊下には薄暗い中にさまざまの正義が陳列してある。青竜刀に似ているのは儒教の・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・請ふ、なんぢら乾葡萄をもてわが力を補へ。林檎をもて我に力をつけよ。我は愛によりて疾みわづらふ。 或日の暮、ソロモンは宮殿の露台にのぼり、はるかに西の方を眺めやった。シバの女王の住んでいる国はもちろん見えないのに違いなかっ・・・ 芥川竜之介 「三つのなぜ」
・・・最っと乾の位置で、町端の方へ退ると、近山の背後に海がありそうな雲を隔てて、山の形が歴然と見える。…… 汽車が通じてから、はじめて帰ったので、停車場を出た所の、故郷は、と一目見ると、石を置いた屋根より、赤く塗った柱より、先ずその山を見て、・・・ 泉鏡花 「国貞えがく」
・・・一の烏 この際、乾ものでも構わぬよ。二の烏 生命がけで乾ものを食って、一分が立つと思うか、高蒔絵のお肴を待て。三の烏 や、待つといえば、例の通り、ほんのりと薫って来た。一の烏 おお、人臭いぞ。そりゃ、女のにおいだ。二の烏・・・ 泉鏡花 「紅玉」
・・・ 若狭鰈――大すきですが、それが附木のように凍っています――白子魚乾、切干大根の酢、椀はまた白子魚乾に、とろろ昆布の吸もの――しかし、何となく可懐くって涙ぐまるるようでした、なぜですか。…… 酒も呼んだが酔いません。むかしの事を考え・・・ 泉鏡花 「雪霊続記」
・・・あの乾枯びたシャモの頸のような咽喉からドウしてアンナ艶ッぽい声が出るか、声ばかり聞いてると身体が融けるようだが、顔を見るとウンザリする、」といった。が、顔を見るとウンザリしてもその声に陶酔した気持は忘れられないと見えて、その後も時々垣根の外・・・ 内田魯庵 「二葉亭余談」
・・・余り評判にもならなかったが、那翁三世が幕府の遣使栗本に兵力を貸そうと提議した顛末を夢物語風に書いたもので、文章は乾枯びていたが月並な翻訳伝記の『経世偉勲』よりも面白く読まれた。『経世偉勲』は実は再び世間に顔を出すほどの著述ではないが、ジスレ・・・ 内田魯庵 「四十年前」
・・・ 或る芸術品に対した時、其の作品から吾人は何等の優しみも、若やかな感じも与えられず、恰かも砂礫のような、乾固したものであったなら、其れは芸術品としての資格を欠くと謂い得る。芸術には『冷たな』芸術がある。たとえ冷たな芸術品でも優しみと若や・・・ 小川未明 「若き姿の文芸」
・・・けっして割のわるい話ではない――と、結局、彼等は乾いた雑巾を絞るようにして、二百円の金を工面せざるを得なかった。 その結果集まった金が六千円、うち装飾品の実費一軒あたり七十円に無代進呈の薬の実費が十円すなわち三十軒分で二千四百円をひいた・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
出典:青空文庫