・・・振出人に送り戻して、新しい小切手を切ってもらうのがまた面倒くさい。「そんなわけで、大した金額ではないが、無効になった為替や小切手が大分あるのだ」 という十吉の話を聴いて、私は呆れてしまった。「どうして、そうズボラなんだ」「い・・・ 織田作之助 「鬼」
・・・フランスのように人間の可能性を描く近代小説が爛熟期に達している国で、サルトルが極度に追究された人間の可能性を、一度原始状態にひき戻して、精神や観念のヴェールをかぶらぬ肉体を肉体として描くことを、人間の可能性を追究する新しい出発点としたことは・・・ 織田作之助 「可能性の文学」
・・・台のうしろでは二十五六の色の白い男が帽子を真深に被って、「さア張ったり張ったり、十円張って五十円の戻し、針を見ている前で廻すんだから絶対インチキなしだ。度胸のある奴は張ってくれ。さア神戸があいた、神戸はないか」と呶鳴っている。 誰か・・・ 織田作之助 「世相」
・・・ 聴き手であった方の青年が、新しい客の持って来た空気から、話をまたもとへ戻した。「それは、ある日本人が欧羅巴へ旅行に出かけるんです。英国、仏蘭西、独逸とずいぶんながいごったごたした旅行を続けておしまいにウィーンへやって来る。そして着・・・ 梶井基次郎 「ある崖上の感情」
・・・暫らくたって、彼は「あの、やめるんじゃったら毎月の積金は、戻して貰えるんじゃろうのう?」と云った。「さあ、それゃどうか分らんぞ。」「すまんけど、お前から戻して呉れるように話しておくれんか。」「一寸、待っちょれ!」 杜氏は・・・ 黒島伝治 「砂糖泥棒」
・・・ 栗本は黙って安全装置を戻し、銃をかまえた。橇は滑桁の軋音を残して闇にまぎれこんだ。馬の尻をしぶく鞭の音が凍る嵐にもつれて響いてきた。「どうした、どうした?」「逃がしたよ。」「怪我しやしなかったかい?」「あゝ、逃がしちゃ・・・ 黒島伝治 「氷河」
・・・と言うと、竿をまた元へ戻して狙ったところへ振込むという訳であります。ですから、客は上布の着物を着ていても釣ることが出来ます訳で、まことに綺麗事に殿様らしく遣っていられる釣です。そこで茶の好きな人は玉露など入れて、茶盆を傍に置いて茶を飲んでい・・・ 幸田露伴 「幻談」
・・・そしてきのう貰った高価の装飾品をでも、その贈主がきょう金に困ると云えば、平気で戻してくれる。もしその困る人が一晩の間に急に可哀くなった別人なら、その別人にでも平気で投げ出してくれる。 ポルジイとドリスとはその頃無類の、好く似合った一対だ・・・ 著:ダビットヤーコプ・ユリウス 訳:森鴎外 「世界漫遊」
・・・二、三十尺の高さに噴き上げている水と蒸気を止めるために大勢の人夫が骨を折って長三間、直径二インチほどの鉄管に砂利をつめたのをやっと押し込んだが噴泉の力ですぐに下から噴き戻してしまうので、今度は鉄管の中に鉄棒を詰めて押し入れたらやっと噴出が止・・・ 寺田寅彦 「箱根熱海バス紀行」
・・・ 三吉たちの生活にはないそんな文句をいわれて、あわててたちあがったとき、もうとり戻しが出来ぬほど遠いうしろに自分がいることを、三吉は感じずにいられなかった。桜並木の小径をくだって、練兵場のやぶかげの近道を、いつも彼女が帰ってゆく土堤上の・・・ 徳永直 「白い道」
出典:青空文庫