・・・オオビュルナンは覚えず居ずまいを直して、蹙めた顔を元に戻した。ちょうど世話物の三幕目でいざと云う場になる前に、色男の役をする俳優が身繕いをすると云う体裁である。 はてな。誰も客間には這入って来ない。廊下から外へ出る口の戸をしずかに開けて・・・ 著:プレヴォーマルセル 訳:森鴎外 「田舎」
・・・二人はしゃがんで籠を倒にして数を数えてから小さいのはみんなまた籠に戻しました。「丁度いいよ、七十ある。こいつをここらへ立ててこう。」 紺服の人はきのこを草の間に立てようとしましたがすぐ傾いてしまいました。「ああ、萱で串にしておけ・・・ 宮沢賢治 「二人の役人」
・・・ところが、その時代の政略にしたがって実父はその娘の良人と不和に到ったら娘を強いてもとり戻して、さらに二度目の良人であるその城主に嫁しずけた。不幸にもまたここに実父の側との戦いがはじまって、良人の軍は敗れたので、夫人の実父は前例どおり、また夫・・・ 宮本百合子 「新しい船出」
・・・ そして、下げた頭をそのまま後じさりに扉をしめ、がちゃりと把手を元に戻して立ち去った。 部屋は再び静になった。 彼は始めてのうのうとした心持になった。「ああああ、さてこれで当分、怒っていいのか笑っていいのか、顔を見る毎に苛々する・・・ 宮本百合子 「或る日」
・・・「わたしたちは、やっと青春をとり戻したばかりだ。この上、戦争は欲しない。」若い人々は、まず基本的命題としてこの自主的発言をした上できょう日本の新聞に溢れている戦争挑発の記事をよむべきで、しかもそれは全世界の青年男女の発言である、平和要求・・・ 宮本百合子 「生きつつある自意識」
・・・ やがて職業意識をとり戻し、彼は、わきに案内役をしている工場新聞発行所の文学衝撃隊員或は工場委員会文化部員に訊くだろう。「君、これは何て機械です? フフーム。それで、アメリカ製ですか? そうではない? 成程! 素敵だね。われわれのソ・・・ 宮本百合子 「五ヵ年計画とソヴェトの芸術」
・・・自分は八十二日間の検束から自由をとり戻した。 宮本百合子 「刻々」
・・・私はこっちで段々健康をとり戻し、好い小説を書きはじめる。 五月二十五日 〔市ヶ谷刑務所の顕治宛 本郷区駒込林町二一中條咲枝より[自注1]〕 きょうは御病気の様子が少しはっきりわかったのでいくらか安心いたしました。 面会の・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・ 隣で汲んでいる女子が、手早く杓を拾って戻した。そしてこう言った。「汐はそれでは汲まれません。どれ汲みようを教えて上げよう。右手の杓でこう汲んで、左手の桶でこう受ける」とうとう一荷汲んでくれた。「ありがとうございます。汲みようが、あ・・・ 森鴎外 「山椒大夫」
・・・そうして、車体の屋根の上にとまり直ると、今さきに、漸く蜘蛛の網からその生命をとり戻した身体を休めて、馬車と一緒に揺れていった。 馬車は炎天の下を走り通した。そうして並木をぬけ、長く続いた小豆畑の横を通り、亜麻畑と桑畑の間を揺れつつ森の中・・・ 横光利一 「蠅」
出典:青空文庫