・・・それ程自分に兄貴らしい心もちを起させる人間は、今の所天下に菊池寛の外は一人もいない。 まだ外に書きたい問題もあるが、菊池の芸術に関しては、帝国文学の正月号へ短い評論を書く筈だから、こゝではその方に譲って書かない事にした。序ながら菊池が新・・・ 芥川竜之介 「兄貴のような心持」
・・・礼ちゃんが新橋の勧工場で大きな人形を強請って困らしたの、電車の中に泥酔者が居て衆人を苦しめたの、真蔵に向て細君が、所天は寒むがり坊だから大徳で上等飛切の舶来のシャツを買って来たの、下町へ出るとどうしても思ったよりか余計にお金を使うだの、それ・・・ 国木田独歩 「竹の木戸」
・・・しかも所天は戦争に行ってるんだから――」「ふん、女か? そりゃ気の毒だなあ。軍人だね」「うん所天は陸軍中尉さ。結婚してまだ一年にならんのさ。僕は通夜にも行き葬式の供にも立ったが――その夫人の御母さんが泣いてね――」「泣くだろう、・・・ 夏目漱石 「琴のそら音」
・・・ジェーンは義父と所天の野心のために十八年の春秋を罪なくして惜気もなく刑場に売った。蹂み躙られたる薔薇の蕊より消え難き香の遠く立ちて、今に至るまで史を繙く者をゆかしがらせる。希臘語を解しプレートーを読んで一代の碩学アスカムをして舌を捲かしめた・・・ 夏目漱石 「倫敦塔」
出典:青空文庫