・・・ つくねんとして、一人、影法師のように、びょろりとした黒紬の間伸びた被布を着て、白髪の毛入道に、ぐたりとした真綿の帽子。扁平く、薄く、しかも大ぶりな耳へ垂らして、環珠数を掛けた、鼻の長い、頤のこけた、小鼻と目が窪んで、飛出した形の八の字・・・ 泉鏡花 「露肆」
・・・いったいあの動物は、からだが扁平で、そうして年を経ると共に、頭が異様に大きくなります。そうして口が大きくなって、いまの若い人たちなどがグロテスクとか何とかいって敬遠したがる種類の風貌を呈してまいりますので、昔の人がこれを、ただものでないとし・・・ 太宰治 「黄村先生言行録」
・・・ 芸術写真の一つの技巧として、風景などの横幅を縮め、従って、扁平な家を盛高く、低い森を高く見せてそれで一種の感じを出すのがある。あれなども、ユークリッド的には真実を曲げた嘘の写真であるが、心理的には却って真実に近くなるという場合もあるか・・・ 寺田寅彦 「観点と距離」
・・・ 厚さ一センチ程度で長さ二十センチもある扁平な板切れのような、たとえば松樹の皮の鱗片の大きいのといったような相貌をした岩片も散在している。このままの形で降ったものか、それとも大きな岩塊の表層が剥脱したものか、どうか、これだけでは判断しに・・・ 寺田寅彦 「小浅間」
・・・枕上の小卓の上に大型の扁平なピストルが斜めに横たわり、そのわきの水飲みコップの、底にも器壁にも、白い粉薬らしいものがべとべとに着いているのが目についた。 まもなく刑事と警察医らしい人たちが来て、はじめて蚊帳を取り払い、毛布を取りのけ寝巻・・・ 寺田寅彦 「B教授の死」
・・・ 生菓子をいろいろ、四角で扁平な漆塗りの箱に入れたのを肩にかけて、「カエチョウ、カエチョウ」と呼び歩くのは、多くは男の子で、そうして大概きまって尻の切れた冷飯草履をはいていたような気がする。それが持って来る菓子の中に「イガモチ」というの・・・ 寺田寅彦 「物売りの声」
・・・そうして扁平な頭をぶるぶると擡げるのみで追うて人を噛むことはない。太十も甞て人を打擲したことがなかった。彼はすぐ怒るだけに又すぐに解ける。殊に瞽女のお石と馴染んでからはもうどんな時でもお石の噺が出れば相好を崩して畢う。大きな口が更に拡がって・・・ 長塚節 「太十と其犬」
・・・ 小さかった白い餅のようなものは、もりもりもりもりと拡って、箸でやっと持つ位大きく扁平な軽焼になった。「さ、ちっと冷してから食うと美味いよ。芳ばしくて。――自分で焼いて見なさい」 一太は片手で焙りながら、片手で軽焼を食った。とて・・・ 宮本百合子 「一太と母」
・・・先生、先生は、月夜に立ちのぼる水の、不思議に蠱惑的な薫りを御存じでございますか、扁平な櫂に当って転げる水玉の、水晶を打つ繊細な妙音を御存じでございますか。―― けれども、自然は決して単調な議事ではございません。時には息もつまるような大暴・・・ 宮本百合子 「C先生への手紙」
・・・最も熟練工の多いワルシャワ鉄道大工場の金属工のなお沢山の者が、地球は円いのか、扁平なのか、動かないのか、それとも太陽の周囲を廻転するのか等とシャポワロフに質問した。バイブルはこれらのことを正確に説明するには何の役にも立たない。その上工業恐慌・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの伝記」
出典:青空文庫