・・・明日の授受が済むまでは、縦令永年見慣れて来た早田でも、事業のうえ、競争者の手先と思わなければならぬという意識が、父の胸にはわだかまっているのだ。いわば公私の区別とでもいうものをこれほど露骨にさらけ出して見せる父の気持ちを、彼はなぜか不快に思・・・ 有島武郎 「親子」
・・・に振ったが、突然水中へ手を入れると、朦朧として白く、人の寝姿に水の懸ったのが、一揺静に揺れて、落着いて二三尺離れて流れる、途端に思うさま半身を乗出したので反対の側なる舷へざぶりと一波浴せたが、あわよく手先がかかったから、船は人とともに寄って・・・ 泉鏡花 「葛飾砂子」
・・・ と膝をすっと手先で撫でて、取澄ました風をしたのは、それに極った、という体を、仕方で見せたものである。 「串戯じゃない。」と余りその見透いた世辞の苦々しさに、織次は我知らず打棄るように言った。些とその言が激しかったか、「え。」と・・・ 泉鏡花 「国貞えがく」
・・・そうして反キリスト教同盟は「キリスト教は科学の信仰を阻止し、資本主義の手先になって、他国を侵略する」ということが、その宣言の一つである。私は原始キリスト教の精神というものが決して今日の職業化した街頭のキリスト教とは思っていない。本当に原始キ・・・ 小川未明 「反キリスト教運動」
・・・水に垂れし枝は女の全身を隠せどなおよくその顔より手先までを透かし見らる。横顔なれば定かに見分け難きも十八、九の少女なるべし、美しき腕は臂を現わし、心をこめて洗うは皿の類なり。 少女は青年に気づかざるように、ひたすらその洗う器を見て何事を・・・ 国木田独歩 「わかれ」
・・・吾々が誰れかの手先に使われて、馬鹿を見ていることはよく分っている。露西亜人に恨がある訳ではない。そういうことはよく分っているつもりだのに、日本人がやられたのを見ると、敵愾心が起って来るのをどうすることも出来ない。 人を殺すことはなか/\・・・ 黒島伝治 「戦争について」
・・・ 彼等の銃剣は、知らず知らず、彼等をシベリアへよこした者の手先になって、彼等を無謀に酷使した近松少佐の胸に向って、奔放に惨酷に集中して行った。 雪の曠野は、大洋のようにはてしなかった。 山が雪に包まれて遠くに存在している。しかし・・・ 黒島伝治 「橇」
・・・だが、本当に誰れかの手先に使われて、寒い冬を過したシベリアのことは、いまだに憤りを覚えずにはいられない。 若し、も一度、××の生活を繰りかえせと云われたら、私は、真平御免を蒙る。 黒島伝治 「入営前後」
・・・それは、ブルジョアジーの手先である。その物の考え方は、もうプロレタリアートのそれではない。無産階級運動の妨げにこそなれ、役には立たないのである。そういう奴等は、一とたび帝国主義××が起れば、反対するどころか、あわてはためいて、愛国主義に走っ・・・ 黒島伝治 「反戦文学論」
・・・それは全く、内地で懐手をしている資本家や地元の手先として使われているのだ。――と、反抗的な熱情が涌き上って来るのを止めることが出来なかった。それは彼ばかりではなかった、彼と同じ不服と反抗を抱いている兵卒は多かった。彼等は、ある時は、逃げて行・・・ 黒島伝治 「氷河」
出典:青空文庫