・・・ヒトラーの手先がミュンヘンにも入ってきて、公共建物のすべての屋根に気味わるい卍の旗がひるがえることになった。 トーマス・マン夫妻は、おりからスイスに講演旅行に出かけていてエリカとクラウスとは、もう一刻も安住すべきところでなくなったドイツ・・・ 宮本百合子 「明日の知性」
・・・ 皺のある大きい老職工の顔のかぶさった肉体的な全容積と頑固な形をしているくせにその仕事にかけての巧妙さを語る大きい手先とが、小さな覗き眼鏡の円筒を中心として、その小さい道具を既に生理の一部分にとかしこんでいるような吸着力で捉えられている・・・ 宮本百合子 「ヴォルフの世界」
・・・ 一体に百姓女は手先が利かないので、かなりまとまったものもこなせるお節は、困らないで居られた。暖い部屋で、ポツポツ、ポツポツ針を運んで居るお節を見て、村から村へ使歩きをして居る爺の松の助がちょくちょく立ちよって、親切に慰めるつもりで、伝・・・ 宮本百合子 「栄蔵の死」
・・・女はどんな時でもひややかに笑いながら男には手先だけほかゆるさないでつっついたり、小突いたりして居た。お龍はその時お女郎ぐもの、大きなのをかって居た。いつでも自分の指の間に巣を作らせたりくびのまわりを這わせたりして居た。その時もお龍は自分のひ・・・ 宮本百合子 「お女郎蜘蛛」
・・・ブルジョアの手先の諸新聞が「コップ」を日本共産党再建の中心のように書き立てた魂胆も同じくここにあります。文化団体は合法的でやッつける口実がない。だから、そういう風に問題をこんぐらかし、大衆の目に何が何だか判らなくしておいて、かげで軍事的暴圧・・・ 宮本百合子 「逆襲をもって私は戦います」
・・・ ファシストの手先となった社会民主主義、第二インターナショナルがどんな階級的裏切りを行っているか。それとの闘争も形象化されていない。 ただ一つ総てを貫き流れていた力強いものは、ソヴェトのプロレタリア作家たちが、大衆とともにこの階級的・・・ 宮本百合子 「五ヵ年計画とソヴェトの芸術」
・・・ 看守は、雑役の働く手先につれて彼方此方しながら、「この一二年、めっきり留置場の客種も下ったなア」と、感慨ありげに云った。「もとは、滅多に留置場へなんか入って来る者もなかったが、その代り入って来る位の奴は、どいつも娑婆じゃ相・・・ 宮本百合子 「刻々」
・・・自己の内部生命の表現ではなく、頭で考えた工夫と手先でコナした技巧との、いわばトリックを弄した芸当である。そうしてそのトリックの斬新が「新しい試み」として通用するのである。 目先の変更を必要としないほどに落ちついた大家は、自己の様式の内で・・・ 和辻哲郎 「院展日本画所感」
・・・私は手先が自由になったことを感じた。一夜の内に世界は形を変えた。新しい曙光は擅な美と享楽とに充ちた世界を照らし初めた。かくて私は彼らの生活に Aesthet らしい共鳴を感じ得るようになった。 そこで私は彼らを彼らの世界の内で愛した。そ・・・ 和辻哲郎 「転向」
・・・いかに人形使いの手先が器用であるからといって、人形に無限に多様な動きを与えることはできない。手先の働きには限度がある。そこでこの限度内において人形を動かすためには、不必要な動作、意味の少ない動作は切り捨てるほかはない。そうすれば人の動作にと・・・ 和辻哲郎 「文楽座の人形芝居」
出典:青空文庫