・・・富沢は色鉛筆で地図を彩り直したり、手帳へ書き込んだりした。斉田は岩石の標本番号をあらためて包み直したりレッテルを張ったりした。そしてすっかり夜になった。 さっきから台所でことことやっていた二十ばかりの眼の大きな女がきまり悪そうに夕食を運・・・ 宮沢賢治 「泉ある家」
・・・ 画かきは、赤いしゃっぽもゆらゆら燃えて見え、まっすぐに立って手帳をもち鉛筆をなめました。「さあ、早くはじめるんだ。早いのは点がいいよ。」 そこで小さな柏の木が、一本ひょいっと環のなかから飛びだして大王に礼をしました。 月の・・・ 宮沢賢治 「かしわばやしの夜」
・・・今日で何度目だと思う。手帳へつけるよ。つけるよ。あんまりいけなけあ仕方ないから館長様へ申し上げてアイスランドへ送っちまうよ。 ええおい。さあ坊ちゃん。きっとこいつは談します。早く涙をおふきなさい。まるで顔中ぐじゃぐじゃだ。そらええああす・・・ 宮沢賢治 「黄いろのトマト」
・・・(将軍籠にくだものを盛りて出で来る。手帳を出しすばやく何か書きつく、特務曹長に渡す、順次列中に渡る、唱バナナン大将の行進歌合唱「いさおかがやく バナナン軍マルトン原に たむろせど荒さびし山河の すべもなく・・・ 宮沢賢治 「饑餓陣営」
・・・ 手帖にうつしているとY、赤鉛筆をこねて切抜の整理しながら、 ――何ゴソゴソしているのさ。 ――知ってる? あなた。牛乳生産組合がどんな風に農民から牛乳を集めるか。 СССРで集団農業に移ろうとした時、農民及政府双方で一・・・ 宮本百合子 「新しきシベリアを横切る」
・・・ わたし達は子供たちが出して何か書いてくれという手帳に次のように書きました。「みなさん! わたし達はみなさんに会って本当にうれしいと思います。ソヴェト同盟の新しい社会の値うちがみなさんの生活のうちに生きているのを見るのは、何とう・・・ 宮本百合子 「従妹への手紙」
・・・電車にぶら下って行くのを見つけられると、職業組合手帖を見せて、一留罰金をとられる。 数台まって、やっと乗りこんだ電車は行く先の関係で殆ど労働者専用車だ。鳥打帽をかぶり、半外套をひっかけた大きな体の連中が、二人分の座席に三人ずつ腰かけ、通・・・ 宮本百合子 「「鎌と鎚」工場の文学研究会」
・・・ 手提袋から、彼女は手帖を一つ出した。二寸に三寸位の緑色の手帖であった。或る頁には日記のようなものが書いてあり、或る頁にはいろいろの絵が細かく万年筆で描いてある。時事漫画に久夫でも描きそうな野球試合鳥瞰図があると思うと、西洋の女がい、男・・・ 宮本百合子 「高台寺」
・・・令丁がその太鼓を打ってしまったと思うと、キョトキョト声で、のべつに読みあげた――『ゴーデルヴィルの住人、その他今日の市場に出たる皆の衆、どなたも承知あれ、今朝九時と十時の間にブーズヴィルの街道にて手帳を落とせし者あり、そのうちには金五百・・・ 著:モーパッサン ギ・ド 訳:国木田独歩 「糸くず」
・・・梶は膝の上に手帖を開いたまま、中の座敷の方に背を向け、柱にもたれていた。枝をしなわせた橙の実の触れあう青さが、梶の疲労を吸いとるようであった。まだ明るく海の反射をあげている夕空に、日ぐらしの声が絶えず響き透っていた。「これは僕の兄でして・・・ 横光利一 「微笑」
出典:青空文庫