・・・初の烏、また、旅行用手提げの中より、葡萄酒の瓶を取出だし卓子の上に置く。後の烏等、青き酒、赤き酒の瓶、続いてコップを取出だして並べ揃う。やがて、初の烏、一挺の蝋燭を取って、これに火を点ず。舞台明くなる。初の烏 (思い着き・・・ 泉鏡花 「紅玉」
・・・それが、私が着物を纒めて中隊の前へ出て行くと、そこに、手提げ籠をさげた親爺が立っていた。 私は黙って、纒めたものを親爺に渡した。親爺は、それを籠の中へ押し込んだ。私は暫らく何も云わずに親爺の傍に立っていた。何故か泣けてきて、涙が出だした・・・ 黒島伝治 「入営前後」
・・・ 両人は、それぞれ田舎から持って来た手提げ籠を膝の上にのせていた。「そりゃ、下へ置いとけゃえい。」 自動車に乗ると清三は両親にそう云った。しかし、彼等は、下に置くと盗まれるものゝように手離さなかった。「わたし持ちますわ。」嫁・・・ 黒島伝治 「老夫婦」
・・・その時、父には大変上等な襟巻きを、母には手提げか何かで、後は兄弟達の一人一人から、女中にまで振まって、おしまいに、自分の欲しいものを買おうと思った時には、お金がすっかり失くなっていたのだった。今でも時々、その時の子供らしい得意さを思い出すと・・・ 宮本百合子 「昔の思い出」
出典:青空文庫