・・・しかも、その満足は、復讐の目的から考えても、手段から考えても、良心の疚しさに曇らされる所は少しもない。彼として、これ以上の満足があり得ようか。…… こう思いながら、内蔵助は眉をのべて、これも書見に倦んだのか、書物を伏せた膝の上へ、指で手・・・ 芥川竜之介 「或日の大石内蔵助」
・・・始めの中はわざと負けて見せる博徒の手段に甘々と乗せられて、勢い込んだのが失敗の基で、深入りするほど損をしたが、損をするほど深入りしないではいられなかった。亜麻の収利は疾の昔にけし飛んでいた。それでも馬は金輪際売る気がなかった。剰す所は燕麦が・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・しもその際に、近代人の資格は神経の鋭敏という事であると速了して、あたかも入学試験の及第者が喜び勇んで及第者の群に投ずるような気持で、その不健全を恃み、かつ誇り、更に、その不健全な状態を昂進すべき色々の手段を採って得意になるとしたら、どうであ・・・ 石川啄木 「性急な思想」
・・・私は皆さんが、たといいかなる手段をもってお迫りになろうとも、自分でこの革鞄は開けないのです。令嬢の袖は放さないのです。 ただし、この革鞄の中には、私一身に取って、大切な書類、器具、物品、軽少にもしろ、あらゆる財産、一切の身代、祖先、父母・・・ 泉鏡花 「革鞄の怪」
・・・ 省作は例の手段で便所策を弄し、背戸の桑畑へ出てしばらく召集を避けてる。はたして兄がしきりと呼んだけれど、はま公がうまくやってくれたからなお二十分間ほど骨を休めることができた。 朝露しとしとと滴るる桑畑の茂り、次ぎな菜畑、大根畑、新・・・ 伊藤左千夫 「隣の嫁」
・・・それでは、社会に活動しようとする男子の心を十分に占領するだけの手段または奮発がないではないか? 僕は僕の妻を半身不随の動物としか思えないのだ。いッそ、吉弥を妾にして、女優問題などは断念してしまおうかと思って見た。 そうだ、そうだ。今の僕・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・その頃の書家や画家が売名の手段は書画会を開くが唯一の策であった。今日の百画会は当時の書画会の変形であるが、展覧会がなかった時代には書画会以外に書家や画家が自ら世に紹介する道がなかったから、今日の百画会が無名の小画家の生活手段であると反して、・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・平和への手段として、強権を肯定することは、畢竟、暴力の讃美に他ならない。この意味に於て平和への途は、強権を否定して、他の真理に道を見出すことである。所有することに於て、幸福を見出すものと、無欲に帰することによって、幸福の本質を異にするからだ・・・ 小川未明 「自由なる空想」
・・・ そこで、考えた丹造は資金調達の手段として、支店長募集の広告を全国の新聞に出した。「妻子養うに十分の収益あり」という甘い文句の見出しで、店舗の家賃、電灯・水道代は本舗より支弁し、薬は委託でいくらでも送る。しかも、すべて卓効疑いのない・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・此凄まじい日に照付られて、一滴水も飲まなければ、咽喉の炎えるを欺す手段なく剰さえ死人の臭が腐付いて此方の体も壊出しそう。その臭の主も全くもう溶けて了って、ポタリポタリと落来る無数の蛆は其処らあたりにうようよぞろぞろ。是に食尽されて其主が全く・・・ 著:ガールシンフセヴォロド・ミハイロヴィチ 訳:二葉亭四迷 「四日間」
出典:青空文庫