・・・幸にしてオセロは事件の綜合と人格の発展が非常にうまく配合されて自然と悲劇に運び去る手際がある。読者はそれを見ればいい。日本の芝居の仕組は支離滅裂である。馬鹿馬鹿しい。結構とか性格とか云う点からあれを見たならば抱腹するのが多いだろう。しかし幕・・・ 夏目漱石 「作物の批評」
・・・けれども一線一画の瞬間作用で、優に始末をつけられべき特長を、とっさに弁ずる手際がないために、やむをえず省略の捷径を棄てて、几帳面な塗抹主義を根気に実行したとすれば、拙の一字はどうしても免れがたい。 子規は人間として、また文学者として、最・・・ 夏目漱石 「子規の画」
・・・そのくらいに私が演説の専門家になっていれば訳はありませんが私の御手際はそれほど専門的に発達していない。素人が義理に東京からわざわざ明石辺までやって来るというくらいの話でありますから、なかなかそう旨くはいきませぬ。足袋屋はさておいて食物屋の方・・・ 夏目漱石 「道楽と職業」
・・・ 或はいう、王政維新の成敗は内国の事にして、いわば兄弟朋友間の争いのみ、当時東西相敵したりといえどもその実は敵にして敵にあらず、兎に角に幕府が最後の死力を張らずしてその政府を解きたるは時勢に応じて好き手際なりとて、妙に説を作すものあれども、・・・ 福沢諭吉 「瘠我慢の説」
・・・ただに題目の新奇なるのみならず、その叙述の巧なる、実に『万葉』以後の手際なり。かの魚彦がいたずらに『万葉』の語句を模して『万葉』の精神を失えるに比すれば、曙覧が語句を摸せずしてかえって『万葉』の精神を伝えたる伎倆は同日に語るべきにあらず。さ・・・ 正岡子規 「曙覧の歌」
・・・ 新しい文学創造の源泉は決して器用な便乗の手際には存在しない。世界文化の水平線の上に露わされている旧日本文化の後進性とその深い由来とをきわめつくし、その努力を足場として前進して行く明察と勇気との中にこそ新日本文学の端緒が期待されるのであ・・・ 宮本百合子 「新日本文学の端緒」
・・・エルホリド一流の好みで、ロイド眼鏡をかけたフレスタコフが、ゆきつ戻りつ、ステッキをふって市長宅へ出かける場面で、大胆至極な赤銅ばりの柵で舞台を横断させ、動く人間を一本の強い線の左右にキッチリ統一させた手際、平凡ではない。だが、大詰の場面にパ・・・ 宮本百合子 「ソヴェトの芝居」
・・・人間共に未来を見せず、奴等の悦ぶ思弁にこじつけてさも世界を救う大思想のように思わせ思わせ野心と所有の慾望を徐ろ徐ろ植える手際には、俺も参った。生れては死に、死んでは生れる人間共が、太古の森も見えない程建て連ねて行く城や寺院、繁華な都市が、皆・・・ 宮本百合子 「対話」
・・・ 千世子は茶っぽい銘仙のぴったり体についた着物を着て白っぽい帯が胸と胴の境を手際よく区切って居る。きつくしめられた帯の上は柔かそうにふくれてズーッとのばして膝の上で組み合わせた手がうす赤い輪廓に色取られて小指のオパアルがつつましく笑んで・・・ 宮本百合子 「蛋白石」
・・・話を切り出し、自分が自分を明かにする事よりも、人の云い出す話を静かに聞き、他人を細々と観るのがすきな人だとじきに知った千世子は始終自分のわきに眼が働いて居る様な気がして肇と相対して居るときには例え其の手際は良くなくってもあんまり見すかされな・・・ 宮本百合子 「千世子(二)」
出典:青空文庫