・・・ 手を当てると冷かった、光が隠れて、掌に包まれたのは襟飾の小さな宝石、時に別に手首を伝い、雪のカウスに、ちらちらと樹の間から射す月の影、露の溢れたかと輝いたのは、蓋し手釦の玉である。不思議と左を見詰めると、この飾もまた、光を放って、腕を・・・ 泉鏡花 「伊勢之巻」
・・・ おらあ、それを聞くと、艪づかを握った手首から、寒くなったあ。」「……まあ、厭じゃないかね、それでベソを掻いたんだね、無理はないよ、恐怖いわねえ。」 とおくれ毛を風に吹かせて、女房も悚然とする。奴の顔色、赤蜻蛉、黍の穂も夕づく日・・・ 泉鏡花 「海異記」
・・・ などと間伸のした、しかも際立って耳につく東京の調子で行る、……その本人は、受取口から見た処、二十四、五の青年で、羽織は着ずに、小倉の袴で、久留米らしい絣の袷、白い襯衣を手首で留めた、肥った腕の、肩の辺まで捲手で何とも以て忙しそうな、そ・・・ 泉鏡花 「国貞えがく」
・・・ ふるえながら、そっと、大事に、内証で、手首をすくめて、自分の身体を見ようと思って、左右へ袖をひらいた時、もう、思わずキャッと叫んだ。だって私が鳥のように見えたんですもの。どんなに恐かったろう。 この時、背後から母様がしっかり抱いて・・・ 泉鏡花 「化鳥」
・・・……手につまさぐるのは、真紅の茨の実で、その連る紅玉が、手首に珊瑚の珠数に見えた。「ほん、ほん。こなたは、これ。(や、爺と、姉さんと二人して、潟に放いて、放生会をさっしゃりたそうな人相じゃがいの、ほん、ほん。おはは。」 と笑いながら・・・ 泉鏡花 「小春の狐」
・・・ 男はあっと自分の手首を押えた。血が流れていたのだ。 鋭利な刃物が咄嗟に走ったらしかった。走らせたのは豹吉だ。 豹吉はあっけに取られている男の耳へ口を近づけると、「掏るなら、相手を見て仕事しろ」「豹吉だなア」 男はき・・・ 織田作之助 「夜光虫」
・・・ 家を出て二三町歩いてから持って出た脚絆を締め、団飯の風呂敷包みをおのが手作りの穿替えの草鞋と共に頸にかけて背負い、腰の周囲を軽くして、一ト筋の手拭は頬かぶり、一ト筋の手拭は左の手首に縛しつけ、内懐にはお浪にかつてもらった木綿財布に、い・・・ 幸田露伴 「雁坂越」
・・・そして揃えて出した俺の両手首にそれをはめた。鉄の冷たさが、吃驚させる程ヒヤリときた。「冷てえ!」 俺は思わず手をひッこめた。「冷てえ?――そうか、そうか。じゃ、シャツの袖口をのばしたり。その上からにしよう。」「有難てえ。頼む・・・ 小林多喜二 「独房」
・・・兄は、やがて小さい珠数を手首にはめて歩いて、そうして自分のことを、愚僧、と呼称することを案出しました。愚僧は、愚僧は、とまじめに言うので、兄のお友だちも、みんな真似して、愚僧は、愚僧は、と言い合い、一時は大流行いたしました。兄にとっては、た・・・ 太宰治 「兄たち」
・・・万事が解決してしまったのだと、なぜだかそう信ぜられて、流石にうれしく、紺絣の着物を着たまだはたち前くらいの若いお客さんの手首を、だしぬけに強く掴んで、「飲みましょうよ、ね、飲みましょう。クリスマスですもの」三 ほんの三十・・・ 太宰治 「ヴィヨンの妻」
出典:青空文庫