・・・そこで達雄に愛されていることをすっかり夫に打ち明けるのです。もっとも夫を苦しめないように、彼女も達雄を愛していることだけは告白せずにしまうのですが。 主筆 それから決闘にでもなるのですか? 保吉 いや、ただ夫は達雄の来た時に冷かに訪・・・ 芥川竜之介 「或恋愛小説」
・・・ 僕は譚の顔を見ると、なぜか彼にはおとといのことを打ち明ける心もちを失ってしまった。「この人の言葉は綺麗だね。Rの音などは仏蘭西人のようだ。」「うん、その人は北京生れだから。」 僕等の話題になったことは含芳自身にもわかったら・・・ 芥川竜之介 「湖南の扇」
・・・こうなるとお敏も絶体絶命ですから、今までは何事も宿命と覚悟をきめていたのが、万一新蔵の身の上に、取り返しのつかない事でも起っては大変と、とうとう男に一部始終を打ち明ける気になったのです。が、それも新蔵が委細を聞いた後になって、そう云う恐しい・・・ 芥川竜之介 「妖婆」
・・・おきみ婆さんに打ち明けると、泣いて賛成してくれました。私もおおげさだったが、おきみ婆さんもおおげさだった。そのころ大宝寺小学校に尋常四年生の花組に漆山文子という畳屋町から通っている子がいて、芸者の子らしく学校でも大きな藤の模様のついた浴衣を・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・彼はそのことを打ち明けるのに、市から汽車に乗って三十分ほどで行けるZの海岸にしようと考えた。その海岸は眼路もはるかなといっていいほど砂丘が広々と波打っていた。よく牛が紐のような尻尾で背のあぶを追いながら草を食っていた。彼はそこ以外ではいけな・・・ 小林多喜二 「雪の夜」
・・・の秘密をはじめて打ち明ける。また、大笑い。ああ、早く帰宅の時間が来ればよい。平和な家庭の光を浴びたい。きょうの一日は、ばかに永い。 しめた! 帰宅の時間だ。ばたばたと机上の書類を片づける。 その時、いきせき切って、ひどく見すぼらしい・・・ 太宰治 「家庭の幸福」
・・・女に恋を打ち明けるなど、男子の恥だ。思えば、思われる。それを信じて、のんきにして居れ。万事、あせってはならぬ。漱石は、四十から小説を書いた。 愚かな私の精一ぱいの忠告は、以上のような、甚だ高尚でないことばかりだったので、かの学生は、腹を・・・ 太宰治 「困惑の弁」
・・・そうして、五、六年もそれを続けて、それからはじめて女に打ち明ける。毎年、僕の来る夜は、どんな夜だか知っていますか、七夕です、と笑いながら教えてやると、私も案外いい男に見えるかも知れない。今夜これから、と眼つきを変えてうなずいてはみたが、さて・・・ 太宰治 「作家の手帖」
・・・と乳母に打ち明ける恋いわずらいの令嬢も、この数個のほうの部類にいれて差し支えなかろう。 太宰もイヤにげびて来たな、と高尚な読者は怒ったかも知れないが、私だってこんな事を平気で書いているのではない。甚だ不愉快な気持で、それでも我慢してこう・・・ 太宰治 「チャンス」
・・・私は、やはり腹黒く、自分の罪をその友人にも女中さんにも、打ち明けることはしなかった。その夜おそく雨が小降りになったころ私たちはその料亭を出て、池のほとりの大きい旅館に一緒に泊り、翌る朝は、からりと晴れていたので、私は友人とわかれてバスに乗り・・・ 太宰治 「服装に就いて」
出典:青空文庫