・・・ち入っては一生を賭しても解決はむずかしいのだからと、今日の文化がもっている凹みの一つである女らしさの観念をこちらから把んで、そこで女らしさの取引きを行って処世的にのしてゆくという態度も今日の女の生きる打算のなかには目立っている。それを現実的・・・ 宮本百合子 「新しい船出」
・・・人間らしい父と子の情愛の表現にさえ、彼等は生活のしきたりから殺伐な方法をとるしかなく、しかも、その殺伐さをとおして流露しようとする人間らしい父と子の心情を、彼等の支配者が利己と打算のために酷薄にふみにじる姿を描いている。けれども、当時の作者・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第二巻)」
・・・の生と死とを、あくまで人間の利害得失の打算、必要の相互関係のなかで発揮された一個人甚兵衛の彼にとって最も効果的な命のすてかた、敵の殺しかたとして観察しているのであって、そのような機会をつかんだ甚兵衛の辛辣な笑いに表現された復讐の対象に、象徴・・・ 宮本百合子 「鴎外・芥川・菊池の歴史小説」
・・・彼は、人間性の課題としての性の解放を、上流の男女の冷淡で偽善的な情事や打算のある放恣と、はっきり区別しないではいられなかった。この人生において、単純率直に求めるものを求めて行動し、そこに精神と肉体との分裂をもたない人物。そういう男性をローレ・・・ 宮本百合子 「傷だらけの足」
・・・ 工場に働く労働者とまるで伝統が違い感情もちがう多数の富農・中農民は、永年に亙る非人間的生活にうちのめされ、個人的な打算以外の考えかたを持ち合わせていない。「十月」を自己流に考えて得だと思ったから、革命的な貧農と共に、のり越えた。が、い・・・ 宮本百合子 「五ヵ年計画とソヴェトの芸術」
・・・もし数理の観念と打算性と結びつけてしか考えられないとしたら、それはそれ等の人々の恥辱を語るものであろう。 中学や高校生の質が急に低下して来ていることを、明日の日本のために慶賀する人が果してあるだろうか。形式にしばられれば、徳育も一つの頽・・・ 宮本百合子 「国民学校への過程」
・・・資本の利害と打算は国際的であって、ファシズムの粉砕、世界の永続的な平和確立のための努力という、世界憲章のたてまえやポツダム宣言の履行と矛盾しながら、なおかつ資本は資本と結びつき得る本質のものであり、その利害には道義をつきのけたつよい共通性が・・・ 宮本百合子 「三年たった今日」
・・・同時に、稲のできばえによって、年貢の上り高がちがう地主が、自己の利害の打算から、その季節と雨とが作物に及ぼす関係を敏感に計算する、その感情の生々しさも理解し得ないであろう。 同じ雨の朝を、登校する小学生のすべてが、同じ感情で眺めるであろ・・・ 宮本百合子 「自然描写における社会性について」
・・・利害打算にはきわめて鋭敏であるが、賢でも剛でもない。「大略がさつなるをもつて、をごりやすうして、めりやすし」。好運の時には踏んぞりかえるが、不幸に逢うとしおれてしまう。口先では体裁のよいことをいうが、勘定高いゆえに無慈悲である。また見栄坊で・・・ 和辻哲郎 「埋もれた日本」
・・・声、表情、そうしてある目的のために老人の人格を圧迫している青年の意志、感情、打算。我々は外形に現われたものを感覚し、知覚するとともに、この外形を象徴として現われて来る内部の生命を感得する。我々が自然を認識するのはこの両様の意味を含んでいる。・・・ 和辻哲郎 「「自然」を深めよ」
出典:青空文庫