・・・クロポトキンが相互扶助論の中に、蟹も同類を劬ると云う実例を引いたのはこの蟹である。次男の蟹は小説家になった。勿論小説家のことだから、女に惚れるほかは何もしない。ただ父蟹の一生を例に、善は悪の異名であるなどと、好い加減な皮肉を並べている。三男・・・ 芥川竜之介 「猿蟹合戦」
・・・僕はいつかクロポトキンの相互扶助論の中にあった蟹の話を思い出しました。クロポトキンの教えるところによれば、いつも蟹は怪我をした仲間を扶けて行ってやると云うことです。しかしまたある動物学者の実例を観察したところによれば、それはいつも怪我をした・・・ 芥川竜之介 「手紙」
・・・終わりに臨んで諸君の将来が、協力一致と相互扶助との観念によって導かれ、現代の悪制度の中にあっても、それに動かされないだけの堅固な基礎を作り、諸君の精神と生活とが、自然に周囲に働いて、周囲の状況をも変化する結果になるようにと祈ります。・・・ 有島武郎 「小作人への告別」
・・・そして、他郷に見られない、自からの扶助が行われている筈である。かゝる村落自治こそ、思い出しても、なつかしいものであったにちがいない。 流浪漂泊の詩人が、郷土に対して、愛着を感じたのは、たゞ自然ばかりでなく、また人間に於てゞもある。真実を・・・ 小川未明 「彼等流浪す」
・・・階級闘争から、同胞の相互扶助に、うつり行くのも、この理でなければなりません。婦人に於ても、男子に於ても、そうでありますが、自分のことだけを考えて、社会について顧みないようなものは、論外であるとして、また家庭について考えず、子供について考えな・・・ 小川未明 「文化線の低下」
・・・去勢されたような男にでもなれば僕は始めて一切の感覚的快楽をさけて、闘争への財政的扶助に専心できるのだ、と考えて、三日ばかり続けてP市の病院に通い、その伝染病舎の傍の泥溝の水を掬って飲んだものだそうだ。けれどもちょっと下痢をしただけで失敗さ、・・・ 太宰治 「葉」
・・・ 同乗客の側から言っても、他の便利のために少しの窮屈や時間の消費を我慢するくらいなことは当然な相互扶助の義務であろうから、なんの遠慮もいらないわけである。押し込まれるだけ押し込んでただ一階でも半階でも好きな所で乗って好きな所でおりればい・・・ 寺田寅彦 「蒸発皿」
・・・ 共同作者らの唱和応答の間に、消極的には謙譲礼節があり、積極的には相互扶助の美徳が現われないと、一句一句の興味はあっても一巻の妙趣は失われる。この事を考慮に加えずして連俳を評し味わうことは不可能である。真正面から受ける「有心」の付け句が・・・ 寺田寅彦 「俳諧の本質的概論」
・・・それらの相反するものが融合調和し相互に扶助し止揚することによって一つの完全なる全体を合成し、そうして各因子が全体としての効果に最も有効に寄与しているのでなければならない。こういうわけであるから、連句のメンバーは個性の差違を有すると同時に互い・・・ 寺田寅彦 「連句雑俎」
・・・是れ必竟するに清元常磐津直接に聞手の感情の下に働き、其人の感動を喚起し、斯くて人の扶助を待たずして自ら能く説明すればなり。之を某学士の言葉を仮りていわば、是れ物の意保合の中に見われしものというべき乎。 然るに意気と身といえる意は天下の意・・・ 二葉亭四迷 「小説総論」
出典:青空文庫