・・・ からかうようにこういったのは、木村という電気会社の技師長だった。「冗談いっちゃいけない。哲学は哲学、人生は人生さ。――所がそんな事を考えている内に、三度目になったと思い給え。その時ふと気がついて見ると、――これには僕も驚いたね。あ・・・ 芥川竜之介 「一夕話」
・・・北京にある日本公使館内の一室では、公使館附武官の木村陸軍少佐と、折から官命で内地から視察に来た農商務省技師の山川理学士とが、一つテエブルを囲みながら、一碗の珈琲と一本の葉巻とに忙しさを忘れて、のどかな雑談に耽っていた。早春とは云いながら、大・・・ 芥川竜之介 「首が落ちた話」
・・・△△は××の年齢には勿論、造船技師の手落ちから舵の狂い易いことに同情していた。が、××を劬るために一度もそんな問題を話し合ったことはなかった。のみならず何度も海戦をして来た××に対する尊敬のためにいつも敬語を用いていた。 するとある曇っ・・・ 芥川竜之介 「三つの窓」
・・・測定技師の記要まで、附いて。」「久米と云う男のは、あるでしょうか。」 僕は、友だちの事が気になるから、訊いて見た。「久米ですか。『銀貨』と云う小説でしょう。ありますよ。」「どうです。価値は。」「駄目ですな。何しろこの創作・・・ 芥川竜之介 「MENSURA ZOILI」
・・・ 自から称して技師と云う。 で、衆を立たせて、使用法を弁ずる時は、こんな軽々しい態度のものではない。 下目づかいに、晃々と眼鏡を光らせ、額で睨んで、帽子を目深に、さも歴々が忍びの体。冷々然として落着き澄まして、咳さえ高うはせず、・・・ 泉鏡花 「露肆」
・・・が、あるかネ、技師になる適当の女が?」というと、さもこそといわぬばかりに、「ある、ある、打って付けのお誂え向きという女がある。技術はこれから教育まにゃならんが、技術は何でもない。それよりは客扱い――髯の生えた七難かしい軍人でも、訳の解らない・・・ 内田魯庵 「二葉亭余談」
・・・ 測量をする技師の一と組は、巻尺と、赤と白のペンキを交互に塗ったボンデンや、測量機等を携えて、その麦畑の中を行き来した。巻尺を引っ張り、三本の脚の上にのせた、望遠鏡のような測量機でペンキ塗りのボンデンをのぞき、地図に何かを書きつけて、叫・・・ 黒島伝治 「浮動する地価」
・・・いつか、前に、鑿岩機をあてがっている時、井村は、坑内を見まわりに来た技師の眼が、貪慾げにこの若い力のはりきった娘の上に注がれているのを発見した。 技師は、ひげもじゃの大きな顎を持っていた。そして学校に上る子供があった。しかし、その眼は、・・・ 黒島伝治 「土鼠と落盤」
・・・銀行員のまえには、三十歳くらいのビイル会社の技師に貸していた。母親と妹の三人暮しで、一家そろって無愛想であった。技師は、服装に無頓着な男で、いつも青い菜葉服を着ていて、しかもよい市民であったようである。母親は白い頭髪を短く角刈にして、気品が・・・ 太宰治 「彼は昔の彼ならず」
・・・電気技師になるとのお話で、もう二年経てば、私はこのお友達のところへお嫁にまいります。夜に大学へ行き、朝には京王線の新築された小さい停車場の、助役さんの肩書で、べんとう持って出掛けます。この助役さんは貴方へ一週間にいちどずつ、親兄弟にも言わぬ・・・ 太宰治 「虚構の春」
出典:青空文庫