・・・ 潮風で漆の乾びた、板昆布を折ったような、折敷にのせて、カタリと櫃を押遣って、立てていた踵を下へ、直ぐに出て来た。「少人数の内ですから、沢山はないんです、私のを上げますからね、はやく持って行って下さいまし。」 今度はやや近寄って・・・ 泉鏡花 「海異記」
・・・私は何かの道中記の挿絵に、土手の薄に野茨の実がこぼれた中に、折敷に栗を塩尻に積んで三つばかり。細竹に筒をさして、四もんと、四つ、銭の形を描き入れて、傍に草鞋まで並べた、山路の景色を思出した。 二「この蕈は何と言い・・・ 泉鏡花 「小春の狐」
・・・でさらりと分けて、雪に紛う鷺が一羽、人を払う言伝がありそうに、すらりと立って歩む出端を、ああ、ああ、ああ、こんな日に限って、ふと仰がるる、那須嶽連山の嶺に、たちまち一朶の黒雲の湧いたのも気にしないで、折敷にカンと打った。キャッ! と若い女の・・・ 泉鏡花 「神鷺之巻」
・・・ 娘の色の白妙に、折敷の餅は渋ながら、五ツ、茶の花のように咲いた。が、私はやっぱり腹が痛んだ。 勘定の時に、それを言って断った。――「うまくないもののように、皆残して済みません。」ああ、娘は、茶碗を白湯に汲みかえて、熊の胆をくれたの・・・ 泉鏡花 「栃の実」
・・・ ワーシカは、すぐ折敷をして、銃をかまえた。命令をきかず、逃げだす奴は打ってもいいことになっているのだ。 何か、橇の上から支那語の罵る声がきこえた。ワーシカは引鉄を引いた。手ごたえがあった。ウーンと唸る声がした。同時に橇は、飛ぶよう・・・ 黒島伝治 「国境」
・・・先日も、在郷軍人の分会査閲に、戦闘帽をかぶり、巻脚絆をつけて参加したが、私の動作は五百人の中でひとり目立ってぶざまらしく、折敷さえ満足に出来ず、分会長には叱られ、面白くなくなって来て、おれはこんな場所ではこのように、へまであるが、出るところ・・・ 太宰治 「鉄面皮」
・・・吐く草花歌会の様よめる中に人麻呂の御像のまへに机すゑ灯かかげ御酒そなへおく設け題よみてもてくる歌どもを神の御前にならべもてゆくことごとく歌よみいでし顔を見てやをら晩食の折敷ならぶる汁食とすすめめぐりてとぼ・・・ 正岡子規 「曙覧の歌」
出典:青空文庫