・・・ その手紙を見るなり、おれは、こともあろうに損害賠償とはなんだ、折角これまで尽して来てやったのに……と、直ぐ呶鳴り込んでやろうと思ったが、莫迦莫迦しいから、よした。実際、腹が立つというより、おかしかったのだ。五十円とはどこから割り出した・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・「お早う御座い」と言いつつ縁先に廻って「朝ぱらから御勉強だね」「折角の日曜もこの頃はつぶれで御座います」「ハハハハッ何に今に遊ばれるよ、学校でも立派に出来あがったところで、しんみりと戦いたいものだ、私は今からそれを楽みに為ている・・・ 国木田独歩 「酒中日記」
・・・業が煮えて堪らんから乃公は直ぐ帰国ろうと支度を為ているとちょうど高山がやって来て驚いた顔をしてこう言うのだ、折角連れて来たのだから娘だけは井下伯にでも托けたらどうだろう、井下伯もせめて娘だけでも世話をしてやらんと富岡が可憐そうだと言ッて、大・・・ 国木田独歩 「富岡先生」
・・・「池か溝へ落ちこんだら、折角これだけにしたのに、親も仔も殺してしまうが……。」「そんなこた、それゃ我慢するんじゃ。」健二は親爺にばかりでなく、自分にも云い聞かせるようにそう云った。 親爺は嘆息した。 柵をはずして、二人が糞に・・・ 黒島伝治 「豚群」
・・・小作人は、折角、耕して作った稲を差押えられる。耕す土地を奪われる。そこでストライキをやる。小作争議をやる。やらずにいられない。その争議団が、官憲や反動暴力団を蹴とばして勇敢にモク/\と立ちあがると、その次には軍隊が出動する。最近、岐阜の農民・・・ 黒島伝治 「入営する青年たちは何をなすべきか」
・・・その晩はおげんは手が震えて、折角の馳走もろくに咽喉を通らなかった。 熊吉は黙し勝ちに食っていた。食後に、おげんは自分の側に来て心配するように言う熊吉の低い声を聞いた。「姉さん、私と一緒にいらっしゃい――今夜は小間物屋の二階の方へ泊り・・・ 島崎藤村 「ある女の生涯」
・・・それをしなければ気が済まないように思った。折角伜がそう言ってよこして、新しく開業した食堂を母に見せたいと言うのだから。 お三輪は震災後の東京を全く知らないでもない。一度、新七に連れられて焼跡を見に上京したこともある。小竹とした暖簾の掛っ・・・ 島崎藤村 「食堂」
・・・あれも泣いているのではないか。折角己に打明けたのに、己がどうもせずに、あいつを突き放して、この場が立ち退かれようか。己が人の家へ立寄りにくかったのは、もしこっちで打明けた時、向うが冷淡な事をしはすまいかと恐れたのではないか。今こいつが己に打・・・ 著:シュミットボンウィルヘルム 訳:森鴎外 「鴉」
・・・などと茶化してしまえば、折角のジイドの言葉も、ぼろくそになってしまうが、ジイドの言葉は結果論である。後世、傍観者の言葉である。 ミケランジェロだって、その当時は大理石の不足に悲憤痛嘆したのだ。ぶつぶつ不平を言いながらモオゼ像の制作をやっ・・・ 太宰治 「鬱屈禍」
・・・外のものは兎に角と致して日本一お江戸の名物と唐天竺まで名の響いた錦絵まで御差止めに成るなぞは、折角天下太平のお祝いを申しに出て来た鳳凰の頸をしめて毛をむしり取るようなものじゃ御座いますまいか。」 という一文がありました。これは、「散柳窓・・・ 太宰治 「三月三十日」
出典:青空文庫