・・・ 以上は別にウェルズの揚げ足をとるつもりでもなんでもない、ただ現在の科学のかなり根本的な事実と牴触するような空想と、そうでない空想との区別だけははっきりつけておいたほうが便利であろうと思ったからしるしておくだけである。 これは全くよ・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・それで一見したところでは毫もこの規約に牴触しない――少なくも論理的には牴触しないような立派な付け句であっても、心理的科学者の目から見ると明らかに打ち越しの深い影響を受けたと、少なくも疑われるものがあったとしてもなんの不思議はないわけである。・・・ 寺田寅彦 「連句雑俎」
・・・露店で食う豚の肉の油揚げは、既に西洋趣味を脱却して、しかも従来の天麩羅と抵触する事なく、更に別種の新しきものになり得ているからだ。カステラや鴨南蛮が長崎を経て内地に進み入り、遂に渾然たる日本的のものになったと同一の実例であろう。 自分は・・・ 永井荷風 「銀座」
・・・しかしそれはまずそれとして何もそんなに心配せずとも或種類の芸術に至っては決して二宮尊徳の教と牴触しないで済むものが許多もある。日本の御老人連は英吉利の事とさえいえば何でもすぐに安心して喜ぶから丁度よい。健全なるジョン・ラスキンが理想の流れを・・・ 永井荷風 「妾宅」
・・・その規則をあてはめられる人間の内面生活は自然に一つの規則を布衍している事は前申し上げた説明ですでに明かな事実なのだから、その内面生活と根本義において牴触しない規則を抽象して標榜しなくては長持がしない。いたずらに外部から観察して綺麗に纏め上げ・・・ 夏目漱石 「中味と形式」
・・・子供を愛することゝ、ヒューマニズムとが牴触することは、僕には考えられない」と書いておられるのである。 実際には私が何をどのように云っていたのかということから切りはなして、氏のこの文章ばかりを読むと、一応は全くあたりまえのようなことをこと・・・ 宮本百合子 「夜叉のなげき」
・・・押され自らも押し、種々な力の牴触を経て、しっくりと或る処に真から落付く。それから徐ろに周囲の養液を吸収し、整理し、発育して、自己の本質的な営みというものを明かにして行く。勿論、この期に得た、明瞭らしい外囲との相対的関係も、或る時間を経、進化・・・ 宮本百合子 「われを省みる」
・・・すべて自己の道義的気質に抵触するものに対する本能的な気短い怒りである。従って、自己の確かでない感傷的な青年であった私は、自分が道義的にフラフラしているゆえをもって無意識に先生を恐れた。そうして先生の方へ積極的に進んで行く代わりに、先生の冷た・・・ 和辻哲郎 「夏目先生の追憶」
出典:青空文庫