・・・衣服はびしょぬれになる、これは大変だと思う矢先に、グイグイと強く糸を引く、上げると尺にも近い山の紫と紅の条のあるのが釣れるのでございます、暴れるやつをグイと握って籠に押し込む時は、水に住む魚までがこの雨に濡れて他の時よりも一倍鮮やかで新しい・・・ 国木田独歩 「女難」
・・・次には、この土塊の円筒の頂上へ握りこぶしをぐうっと押し込むと、筒の頭が開いて内にはがらんとした空洞ができ、そうしてそれが次第に内部へ広がると同時に、胴体の側面が静かにふくれ出してどうやら壺らしいものの形が展開されて行くのである。それから壺の・・・ 寺田寅彦 「空想日録」
・・・何故かと云えばS先生のは一と口うまいものを食わせておいて、その外に色々の旨そうなものをちらと見せたきり引込めてしまう流儀であるが、教科書は一向うまくない汽車弁当のおかずの品々を無理やりに口の中へ押し込むような流儀だからである。 光の反射・・・ 寺田寅彦 「マーカス・ショーとレビュー式教育」
・・・ふだんの五倍も十倍も押し込む、それでちゃんと肥るのです、面白い位肥るのです。又犬の胃液の分泌や何かの工合を見るには犬の胸を切って胃の後部を露出して幽門の所を腸と離してゴム管に結ぶそして食物をやる、どうです犬は食べると思いますか食べないと思い・・・ 宮沢賢治 「ビジテリアン大祭」
・・・に刈りためた草を押し込むと、鎌をそのわきに差し込んで、「甚助がさあ行って見ますべい。と云うので、私も物珍らしい顔をして後から附て歩いた。その時まで、私は甚助って云う百姓の家はどれだか知らなかった。けれ共、それはすぐそこに裏口・・・ 宮本百合子 「農村」
・・・深く深くと思って、力いっぱい押し込むと、横へすべってしまった。刃はこぼれはしなかったようだ。これをうまく抜いてくれたらおれは死ねるだろうと思っている。物を言うのがせつなくっていけない。どうぞ手を借して抜いてくれ』と言うのでございます。弟が左・・・ 森鴎外 「高瀬舟」
・・・ 猫背の馭者は、饅頭屋の簀の子の上で、綿のように脹らんでいる饅頭を腹掛けの中へ押し込むと馭者台の上にその背を曲げた。喇叭が鳴った。鞭が鳴った。 眼の大きなかの一疋の蠅は馬の腰の余肉の匂いの中から飛び立った。そうして、車体の屋根の上に・・・ 横光利一 「蠅」
出典:青空文庫