・・・母上は死に対して最上の態度を取る為めに、お前たちに最大の愛を遺すために、私を加減なしに理解する為めに、私は母上を病魔から救う為めに、自分に迫る運命を男らしく肩に担い上げるために、お前たちは不思議な運命から自分を解放するために、身にふさわない・・・ 有島武郎 「小さき者へ」
・・・と云って、肱を曲げた、雪なす二の腕、担いだように寝て見せる。「貴女にあまえているんでしょう。どうして、元気な人ですからね、今時行火をしたり、宵の内から転寝をするような人じゃないの。鉄は居ませんか。」「女中さんは買物に、お汁の実を仕入・・・ 泉鏡花 「女客」
・・・大温にして小毒あり、というにつけても、普通、私どもの目に触れる事がないけれども、ここに担いだのは五尺に余った、重量、二十貫に満ちた、逞しい人間ほどはあろう。荒海の巌礁に棲み、鱗鋭く、面顰んで、鰭が硬い。と見ると鯱に似て、彼が城の天守に金銀を・・・ 泉鏡花 「貝の穴に河童の居る事」
・・・ と喚く鎌倉殿の、何やら太い声に、最初、白丁に豆烏帽子で傘を担いだ宮奴は、島のなる幕の下を這って、ヌイと面を出した。 すぐに此奴が法壇へ飛上った、その疾さ。 紫玉がもはや、と思い切って池に飛ぼうとする処を、圧えて、そして剥いだ。・・・ 泉鏡花 「伯爵の釵」
・・・竹操りのこの人形も、美しい御婦人でござりますで、爺が、この酒を喰います節も、さぞはや可厭であろうと思いますで、遠くへお離し申しておきます。担いで帰ります節も、酒臭い息が掛ろうかと、口に手拭を噛みます仕誼で。……美しいお女中様は、爺の目に、神・・・ 泉鏡花 「山吹」
・・・ やがて、子供と爺さんは箱と綱を担いで、いそいそと人込の中へ隠れて行ってしまいました。 小山内薫 「梨の実」
・・・蹴ったくそわるいさかい、オギアオギアせえだい泣いてるとこイ、ええ、へっつい直しというて、天びん担いで、へっつい直しが廻ってきよって、事情きくと、そら気の毒やいうて、世話してくれたンが、大和の西大寺のそのへっつい直しの親戚の家やった。そンでま・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・氏神の夏祭には、水着を着てお宮の大提燈を担いで練ると、日当九十銭になった。鎧を着ると三十銭あがりだった。種吉の留守にはお辰が天婦羅を揚げた。お辰は存分に材料を節約したから、祭の日通り掛りに見て、種吉は肩身の狭い想いをし、鎧の下を汗が走った。・・・ 織田作之助 「夫婦善哉」
・・・ あはは……。担いでものらんぞ、あはは……」 豹吉はわざと大きく笑ったが、しかし、その笑いはふと虚ろに響き、さすがに狼狽していた。 ガマンの針助……。 この奇妙な名前の男について述べる前に、しかし、作者は、その時、「やア、兄・・・ 織田作之助 「夜光虫」
・・・ すっかり暗くなったところで弟は行李を担いで、Fとの二人が茶店の娘に送られて出て行ったが、高い石段を下り建長寺の境内を通ってちょうど門前の往来へ出たかと思われた時分、私はガランとした室に一人残って悲みと寂しさに胸を噛まれる気持で冷めたく・・・ 葛西善蔵 「父の出郷」
出典:青空文庫