・・・実は未練窓の戸開けて今鳴るは一時かと仰ぎ視ればお月さまいつでも空とぼけてまんまるなり 脆いと申せば女ほど脆いはござらぬ女を説くは知力金力権力腕力この四つを除けて他に求むべき道はござらねど権力腕力は拙い極度、成るが早いは金力と申す条まず積・・・ 斎藤緑雨 「かくれんぼ」
・・・彼女は自分でも金銭の勘定に拙いことや、それがまた自分の弱点だということを思わないではなかったが、しかしそれをいかんともすることが出来なかった。唯、心細くばかりあった。いつまでも処女で年ばかり取って行くようなお新の前途が案じられてならなかった・・・ 島崎藤村 「ある女の生涯」
・・・私の愛情の表現は拙いから、Hも、また洋画家も、それに気が附いてくれなかったのである。相談を受けても、私には、どうする事も出来なかった。私は、誰にも傷をつけたく無いと思った。三人の中では、私が一番の年長者であった。私だけでも落ちついて、立派な・・・ 太宰治 「東京八景」
・・・雷蔵の松江侯と三千歳、高麗三郎の直侍などで、清元の出語りは若い女で、これは馬鹿に拙い。延久代という名取名を貰っている阿久は一々節廻しを貶した。捕物の場で打出し。お神さんの持って来た幸寿司で何も取らず、会計は祝儀を合せて二円二十三銭也。芝居の・・・ 永井荷風 「深川の散歩」
・・・その代り講義の方はこの間まで毎日やって来ましたから、おそらく上手だろうと思うのですけれどもあいにく御頼みが演説でありますから定めて拙いだろうと存じます。 実はせんだって大村さんがわざわざおいでになって何か演説を一つと云う御注文でありまし・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
・・・巧い拙いにかかわらず、他人の描いたようなものはいくらでも描くんですが、それじゃ自分は何所にあるかというと、チョッと何所にあるか見えないような絵を展覧会で見せられました。その次にもう一つの外国から帰った人の絵を見た。それは品の宜い、大人しい絵・・・ 夏目漱石 「模倣と独立」
・・・校長もさっぱり拙いなぁ。」 畜産の教師は大急ぎで、教舎の方へ走って行き、助手もあとから出て行った。 間もなく農学校長が、大へんあわててやって来た。豚は身体の置き場もなく鼻で敷藁を掘ったのだ。「おおい、いよいよ急がなきゃならないよ・・・ 宮沢賢治 「フランドン農学校の豚」
・・・我が小さく拙い毛の指環よ。ひろい世の中へ出て行って、どこかで、どのようにか、彼女の生活を送っているだろうお千代ちゃんにめぐり遇え。 宮本百合子 「毛の指環」
・・・王 下手な文句を書い連ねた腹立たしく拙い手紙ほど紙数は多いものじゃが、まあ、ざっとかいつまんで申せばの。貴方は法王から破門の宣告を授けられた。法王の申した事もござるし又私としても死するより恥な破門をうけた王の命令を奉ずるの・・・ 宮本百合子 「胚胎(二幕四場)」
・・・この男の言葉づかいには一つの癖があり、他人なら善いとか悪いとか、拙いとかいうところを、ヤコヴは大概、興味がある、面白い、珍しいという云い方で表現した。この男がゴーリキイに初めてカルタの勝負を教えた。そして、忽ちゴーリキイが負けた金の半額、ジ・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの伝記」
出典:青空文庫