・・・と思うと乳ほどの水の中に立ち、もう一人の少女を招きながら、何か甲高い声をあげた。その顔は大きい海水帽のうちに遠目にも活き活きと笑っていた。「水母かな?」「水母かも知れない。」 しかし彼等は前後したまま、さらに沖へ出て行くのだった・・・ 芥川竜之介 「海のほとり」
・・・ 神将は戟を高く挙げて、向うの山の空を招きました。その途端に闇がさっと裂けると、驚いたことには無数の神兵が、雲の如く空に充満ちて、それが皆槍や刀をきらめかせながら、今にもここへ一なだれに攻め寄せようとしているのです。 この景色を見た・・・ 芥川竜之介 「杜子春」
・・・一体、悪魔を払う趣意だと云うが、どうやら夜陰のこの業体は、魑魅魍魎の類を、呼出し招き寄せるに髣髴として、実は、希有に、怪しく不気味なものである。 しかもちと来ようが遅い。渠等は社の抜裏の、くらがり坂とて、穴のような中を抜けてふとここへ顕・・・ 泉鏡花 「茸の舞姫」
・・・そしてこれはお米から聞いた話ではございません、爺をお招きになりましたことなんぞ、私はちっとも存じないでおりますと、ちょうどその卜を立てた日の晩方でございます。 旦那様、貴下が桔梗の花を嗅いでる処を御覧じゃりましたという、吉さんという植木・・・ 泉鏡花 「政談十二社」
・・・人形使 (ものいわず、皺手をさしのべて、ただ招く。招きつつ、あとじさりに次第に樹立に入夫人 どうするのさ。どうするのよ。舞台しばらく空し。白き家鴨、五羽ばかり、一列に出でて田の草の間を漁る。行春の景を象徴するもののごとし。・・・ 泉鏡花 「山吹」
・・・不思議の力ありて彼を前より招き後より推し忽ち彼を走らしめつ、彼は躊躇うことなく門を入った。 居間に通って見ると、村長が来ている。先生は床に起直って布団に倚掛っている。梅子も座に着いている、一見一座の光景が平常と違っている。真面目で、沈ん・・・ 国木田独歩 「富岡先生」
・・・正元元年より二年にかけては大疫病流行し、「四季に亙つて已まず、万民既に大半に超えて死を招き了んぬ。日蓮世間の体を見て、粗一切経を勘ふるに、道理文証之を得了んぬ。終に止むなく勘文一通を造りなして、其の名を立正安国論と号す。文応元年七月十六日、・・・ 倉田百三 「学生と先哲」
・・・当日は星が岡の茶寮でも借り受け、先方の親戚二、三人と西丸さん、吉村さんとを招き、簡素な茶室で式を済ましたい考えです。楠ちゃんにも列席してもらいたいとは思いますが、遠方のことでもあり、それに万事内輪にと思いますから、おまえたち兄妹の総代として・・・ 島崎藤村 「再婚について」
・・・谷間谷間の黒みから、だんだんとこちらへ迫ってくる黄昏の色を、急がしい機の音が招き寄せる。「小母さんは何でこんなに遅いのでしょうね」と女の人は慰めるようにいう。あたりは見るうちに薄暗くなる。女の人がちょっと出て行って、今度帰って坐った時に・・・ 鈴木三重吉 「千鳥」
・・・この人たちと打ち合せをして置いて、当日は朝はやくから切支丹屋敷に出掛けて行き、奉行たちと共に、シロオテの携えて来た法衣や貨幣や刀やその他の品物を検査し、また、長崎からシロオテに附き添うて来た通事たちを招き寄せて、たとえばいま、長崎のひとをし・・・ 太宰治 「地球図」
出典:青空文庫