・・・文楽は学生時代にいちど見たきりで、ほとんど十年振りだったものですから、れいの栄三、文五郎たちが、その十年間に於いて、さらに驚嘆すべき程の円熟を芸の上に加えたであろうと大いに期待して出かけたわけですが、拝見するに少しも違っていない。十年前と、・・・ 太宰治 「炎天汗談」
・・・「君が見ないさきに僕が拝見するのは失礼だと思ったから、ほんのちらと瞥見したばかりだが、でも、桜の花のような印象を受けた。」「君は、女には、あまいからな。」 私は面白くなかった。そんなに気乗りがしないのなら、なぜ、はるばる北京からやっ・・・ 太宰治 「佳日」
・・・そこで歯医者は返事をかいて、「口中をよく拝見した上でないと入れ歯はできないから御足労ながら当地までおいで願いたい」と言ってやった。するとまた使いに手紙を持たせて、「御案内誠にかたじけない。お言葉に甘えて老僕イシャク・バイをつかわす。この男の・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・ちと人が悪いようなれども一切只にて拝見したる報いは覿面、腹にわかに痛み出して一歩もあゆみ難くなれり。近きベンチへ腰をかけて観音様を祈り奉る俄信心を起すも霊験のある筈なしと顔をしかめながら雷門を出づれば仁王の顔いつもよりは苦し。仲見世の雑鬧は・・・ 寺田寅彦 「半日ある記」
・・・ただ今お乗り換えの方は切符を拝見致します。次は数寄屋橋、お乗換の方は御在いませんか。」「ありますよ。ちょいと、乗りかえ。本所は乗り換えじゃないんですか。」髪を切り下げにした隠居風の老婆が逸早く叫んだ。 けれども車掌は片隅から一人々々・・・ 永井荷風 「深川の唄」
・・・隣りのお嬢さんが泣くのを拝見するのは面白い。これを記述するのも面白い。しかし同じように泣くのは御免蒙りたい。だからある男が泣く様を文章にかいた時にたとい読者が泣いてくれんでも失敗したとは思わない。むやみに泣かせるなどは幼稚だと思う。 そ・・・ 夏目漱石 「写生文」
・・・どうかちょっと拝見いたしたいものです」 「さあどうぞ」と言いながらホモイのお父さんは、みんなをおうちの方へ案内しました。鳥はぞろぞろついて行きました。ホモイはみんなのあとを泣きながらしょんぼりついて行きました。梟が大股にのっそのっそと歩・・・ 宮沢賢治 「貝の火」
・・・などを拝見しまして、あの中にある弱い男の殉情的な気持などを観ると、よくその中から今度のことが思い合わされるように思われます。〔一九二三年七月〕 宮本百合子 「有島さんの死について」
・・・某申候は、武具と香木との相違は某若輩ながら心得居る、泰勝院殿の御代に、蒲生殿申され候は、細川家には結構なる御道具あまた有之由なれば拝見に罷出ずべしとの事なり、さて約束せられし当日に相成り、蒲生殿参られ候に、泰勝院殿は甲冑刀剣弓鎗の類を陳ねて・・・ 森鴎外 「興津弥五右衛門の遺書」
・・・わたくしは仰せの通りよく拝見しました。その写真の男は Dorian Gray と云う青年はあんなだったかと思うほど美しくて、Edward 七世はあんなだったかと思うほど様子がよかたのです。髪は波を打っています。眉は秀でています。優しい目に男・・・ 著:モルナールフェレンツ 訳:森鴎外 「最終の午後」
出典:青空文庫