・・・何も男を拵えるのなら、浪花節語りには限らないものを。あんなに芸事には身を入れていても、根性の卑しさは直らないかと思うと、実際苦々しい気がするのです。………「若槻はまたこうもいうんだ。あの女はこの半年ばかり、多少ヒステリックにもなっていた・・・ 芥川竜之介 「一夕話」
・・・それがまた幸いと、即座に話がまとまって、表向きの仲人を拵えるが早いか、その秋の中に婚礼も滞りなくすんでしまったのです。ですから夫婦仲の好かった事は、元より云うまでもないでしょうが、殊に私が可笑しいと同時に妬ましいような気がしたのは、あれほど・・・ 芥川竜之介 「開化の良人」
・・・山門や源氏の侍どもに、都合の好い議論を拵えるのは、西光法師などの嵌り役じゃ。おれは眇たる一平家に、心を労するほど老耄れはせぬ。さっきもお前に云うた通り、天下は誰でも取っているが好い。おれは一巻の経文のほかに、鶴の前でもいれば安堵している。し・・・ 芥川竜之介 「俊寛」
・・・蜃気楼もこいつが拵えるんだから。………奥さんはまだ蜃気楼を見ないの?」「いいえ、この間一度、――何だか青いものが見えたばかりですけれども。………」「それだけですよ。きょう僕たちの見たのも。」 僕等は引地川の橋を渡り、東家の土手の・・・ 芥川竜之介 「蜃気楼」
・・・ あの気転だから、話をしながら茶を拵える、用をやりながらも遠くから話しかける。「ねい伯父さん何か上げたくもあり、そばに居て話したくもありで、何だか自分が自分でないようだ、蕎麦饂飩でもねいし、鰌の卵とじ位ではと思っても、ほんに伯父さん・・・ 伊藤左千夫 「姪子」
・・・下駄の台を拵えるのが仕事だと聴いてはいるが、それも大して骨折るのではあるまい。初対面の挨拶も出来かねたようなありさまで、ただ窮屈そうに坐って、申しわけの膝ッこを並べ、尻は少しも落ちついていない様子だ。「お父さんの風ッたら、ありゃアしない・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・毎朝味噌しるを拵えるとき、柳吉が襷がけで鰹節をけずっているのを見て、亭主にそんなことをさせて良いもんかとほとんど口に出かかった。好みの味にするため、わざわざ鰹節けずりまで自分の手でしなければ収まらぬ柳吉の食意地の汚さなど、知らなかったのだ。・・・ 織田作之助 「夫婦善哉」
・・・「アメリカ人がどうして、日本の偽札を拵えるの? え、どうして拵えるの?」娘は、紅を塗ったような紅い健康そうな唇を舌でなめながら真顔になった。紅い唇はこっちの肉感を刺戟した。ロシアの娘にはメリケン兵の不正が理解せられないところだった。「こ・・・ 黒島伝治 「氷河」
・・・そうして拵えると竹が熟した時に養いが十分でないから軽い竹になるのです。」「それはお前俺も知っているが、うきすの竹はそれだから萎びたようになって面白くない顔つきをしているじゃないか。これはそうじゃない。どういうことをして出来たのだろう、自・・・ 幸田露伴 「幻談」
・・・例えば犬百題など云う難題でも何処かから材料を引っぱり出して来て苦もなく拵える。いったい無学と云ってよい男であるからこれはきっと僕等がいろんな入智恵をするのだと思う人があるようだが中々そんな事ではない。僕等が夢にも知らぬような事が沢山あって一・・・ 寺田寅彦 「根岸庵を訪う記」
出典:青空文庫