・・・唯見ればお妾は新しい手拭をば撫付けたばかりの髪の上にかけ、下女まかせにはして置けない白魚か何かの料理を拵えるため台所の板の間に膝をついて頻に七輪の下をば渋団扇であおいでいる。七 何たる物哀れな美しい姿であろう。夕化粧の襟足際・・・ 永井荷風 「妾宅」
・・・右隣りが電話のボタンを拵える職人、左隣がブリキ職。ブリキ職の女房は亭主の稼ぎが薄いので、煙突掃除だの、エンヤラコに出たりする。それで五人の子持である。お腹がふくれると、口が殖える将来を案じて、出来ることなら流産てしまえば可いがと不養生のあり・・・ 永井荷風 「深川の散歩」
・・・ 拵えものを苦にせらるるよりも、活きているとしか思えぬ人間や、自然としか思えぬ脚色を拵える方を苦心したら、どうだろう。拵らえた人間が活きているとしか思えなくって、拵らえた脚色が自然としか思えぬならば、拵えた作者は一種のクリーエーターであ・・・ 夏目漱石 「田山花袋君に答う」
・・・それでは灰吹はどうするんだと聞くと、裏の藪へ行って竹を伐って来て拵えるんだと教えてくれました。裏の藪から伐って来て、青竹の灰吹で間に合わしておけばよいと思っているところでは灰吹は売れない訳である。したがって売っているはずがないのである。そう・・・ 夏目漱石 「道楽と職業」
・・・「人間を拵えるよりもよっぽど骨が折れるだろう」とも云っている。 そうかと思うと、「へえ仁王だね。今でも仁王を彫るのかね。へえそうかね。私ゃまた仁王はみんな古いのばかりかと思ってた」と云った男がある。「どうも強そうですね。なんだっ・・・ 夏目漱石 「夢十夜」
・・・の時には生人形を拵えるというのが自分で付けた註文で、もともと人間を活かそうというのだから、自然、性格に重きを置いたんだが、今度の「平凡」と来ちゃ、人間そのものの性格なんざ眼中に無いんさ。丸ッきり無い訳ではないが、性格はまア第二義に落ちて、そ・・・ 二葉亭四迷 「私は懐疑派だ」
・・・それで貌の処だけは幾らか斟酌して隙を多く拵えるにした所で、兎に角頭も動かぬようにつめてしまう。つまり死体は土に葬むらるる前に先ずおが屑の嚢の中に葬むらるるのである。十四五年前の事であるが、余は猿楽町の下宿にいた頃に同宿の友達が急病で死んでし・・・ 正岡子規 「死後」
・・・(この餅拵えるのは仙台領嘉吉はもうそっちを考えるのをやめて話しかけた。おみちはけれども気の無さそうに返事してまだおもての音を気にしていた。(今日はちょっとお訪門口で若い水々しい声が云った。嘉吉は用があったからこっちへ廻れといった風で・・・ 宮沢賢治 「十六日」
・・・ 千代が、さしずをされずに拵えるものは、何でもない、彼女自身の大好物な味噌おじや丈だとわかったとき、さほ子は、良人の寝台の上に突伏し声を殺して笑い抜いた。 千代は、美しい眉をひそめながらぴんと小指を反せて鍋を動し、驚くほどのおじやを・・・ 宮本百合子 「或る日」
・・・ 女性の作家が、生活の為に創作をする事の少い現在の状態は、動機も純粋になると同時に、一種よそ行きな、拵えると云う心持を創作の時に持たせる事がありはしまいかと思う。 拵える、見て貰う、と云う心持が抜け切らないと、昔からの出来るだけ見よ・・・ 宮本百合子 「概念と心其もの」
出典:青空文庫