・・・ わたくしは日々手籠をさげて、殊に風の吹荒れた翌日などには松の茂った畠の畦道を歩み、枯枝や松毬を拾い集め、持ち帰って飯を炊ぐ薪の代りにしている。また野菜を買いに八幡から鬼越中山の辺まで出かけてゆく。それはいずこも松の並木の聳えている砂道・・・ 永井荷風 「葛飾土産」
・・・これらの準備からなる先生の『日本歴史』は、悉く材料を第一の源から拾い集めて大成したもので、儲からない保証があると同時に、学者の良心に対して毫も疚ましからぬ徳義的な著作であるのはいうまでもない。「余は人間に能う限りの公平と無私とを念じて、・・・ 夏目漱石 「博士問題とマードック先生と余」
・・・可憫そうなチャンチャン坊主は、故意に道化けて見物の投げた豆を拾い、猿芝居のように食ったりした。それがまた可笑しく、一層チャンチャン坊主の憐れを増し、見物人を悦ばせた。だが心ある人々は、重吉のために悲しみ、眉をひそめて嘆息した。金鵄勲章功七級・・・ 萩原朔太郎 「日清戦争異聞(原田重吉の夢)」
・・・彼は、その五つ六つの新聞から一つの記事を拾い出した。「フン、棍棒強盗としてあるな。どれにも棍棒としてある。だが、汽車にまで棒切れを持ち込みゃしないぜ、附近の山林に潜んだ形跡がある、か。ヘッヘッ、消防組、青年団、警官隊総出には、兎共は迷惑・・・ 葉山嘉樹 「乳色の靄」
・・・高田さんはいままでは北海道の学校におられたのですが、きょうからみなさんのお友だちになるのですから、みなさんは学校で勉強のときも、また栗拾いや魚とりに行くときも、高田さんをさそうようにしなければなりません。わかりましたか。わかった人は手をあげ・・・ 宮沢賢治 「風の又三郎」
・・・――というより、箇性をやがて作る種々雑多な片鱗が、あっちから、こっちから或は自然に来、或は拾い集められ始めたのだという方が、適当であろう。とにかく、彼女ははっきり「我」というものについて考えるようになって来た。 私はどんな人にならなけれ・・・ 宮本百合子 「地は饒なり」
・・・かれは糸の切れっ端を拾い上げて、そして丁寧に巻こうとする時、馬具匠のマランダンがその門口に立ってこちらを見ているのに気がついた。この二人はかつてある跛人の事でけんかをしたことがあるので今日までも互いに恨みを含んで怒り合っていた。アウシュコル・・・ 著:モーパッサン ギ・ド 訳:国木田独歩 「糸くず」
・・・Proudhon は Besanベサンソン の貧乏人の子で、小さい時に、活字拾いまでしたことがあるそうだ。それでもとうとう巴里で議員に挙げられるまで漕ぎ付けた。大した学者ではない。スチルネルと同じように、Hegel を本尊にしてはいるが、ヘ・・・ 森鴎外 「食堂」
・・・警察の事に明るい人は誰も知っているだろうが、毎晩市の仮拘留場の前に緑色に塗った馬車が来て、巡査等が一日勉強して拾い集めた人間どもを載せて、拘留場へ連れて行く。ちょうどこれと同じように墓地へも毎晩緑色に塗った車が来て、自殺したやくざものどもを・・・ 著:モルナールフェレンツ 訳:森鴎外 「破落戸の昇天」
・・・ある朝女房は、玉王を背負うて磯の若布を拾いに出たが、赤児を岩の上にでも落としてはという心配から、砂の上に玉王をおろして、ひとりで若布拾いにかかった。そのすきに鷲が舞いおりて、玉王をさらって飛び去った。母親は「四万の倉の宝に代へて儲けたる子を・・・ 和辻哲郎 「埋もれた日本」
出典:青空文庫