・・・と祈り終わりてしばしは頭を得上げざりしが、ふと気が付いて懐を探り紙包みのまま櫛二枚を賽銭箱の上に置き、他の人が早く来て拾えばその人にやるばかり彼二人がいつものように朝まだき薄暗き中に参詣するならば多分拾うてくれそうなものとおぼつかなき事にま・・・ 国木田独歩 「置土産」
・・・僕が走って行ってこれを拾うて来て判事さんに渡すと、判事さんは何か小声で今井の叔父さんに言ったが、叔父さんはまじめな顔をして『ありがとう』と言って今の鳥を受け取った。僕は不思議に思ったばかりでその時は何の事だかわからなかった。 その後二月・・・ 国木田独歩 「鹿狩り」
・・・ 五月十五日 どうして手提革包を拾ったかその手続まで詳わしく書くにも当るまい。ただ拾ったので、足にぶつかったから拾ったので、拾って取上げて見ると手提革包であったのである。 拾うと直ぐ、金銭! という一念が自分の頭にひらめいた。占・・・ 国木田独歩 「酒中日記」
・・・幾度もくり返して教えれば、二、三と十まで口で読み上げるだけのことはしますが、道ばたの石ころを拾うて三つ並べて、いくつだとききますと、考えてばかりいて返事をしないのです。無理にきくと初めは例の怪しげな笑い方をしていますが、後には泣きだしそうに・・・ 国木田独歩 「春の鳥」
・・・「酔いもしない中からひどい管だねエ、バアジンへ押込んで煙草三本拾う方じゃあ無いかエ、ホホホホ。「馬鹿あ吐かせ、三銭の恨で執念をひく亡者の女房じゃあ汝だってちと役不足だろうじゃあ無えか、ハハハハ。「そうさネエ、まあ朝酒は呑ましてや・・・ 幸田露伴 「貧乏」
・・・餌を拾う雄鶏の役目と、羽翅をひろげて雛を隠す母鶏の役目とを兼ねなければならなかったような私であったから。 どうかすると、末子のすすり泣く声が階下から伝わって来る。それを聞きつけるたびに、私はしかけた仕事を捨てて、梯子段を駆け降りるように・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・二人の兄弟はそれを拾うのを楽みにして、まだあの実が青くて食べられない時分から、早く紅くなれ早く紅くなれと言って待って居ました。 二人の兄弟の家には奉公して働いて居る正直な好いお爺さんがありました。このお爺さんは山へも木を伐りに行くし畠へ・・・ 島崎藤村 「二人の兄弟」
・・・それを拾うと、あとで後悔しなければなりませんよ。」と言いました。で、またそのままにして通りすぎましたが、しばらくするとまた一本、前の二つよりも、もっときれいなのが落ちていました。馬はやっぱり、「およしなさい、およしなさい。」と言いました・・・ 鈴木三重吉 「黄金鳥」
・・・水仙の一と株に花床が尽きて、低い階段を拾うと、そこが六畳の中二階である。自分が記念に置いて往った摺絵が、そのままに仄暗く壁に懸っている。これが目につくと、久しぶりで自分の家に帰ってきでもしたように懐しくなる。床の上に、小さな花瓶に竜胆の花が・・・ 鈴木三重吉 「千鳥」
・・・ 母は、一歳の次女におっぱいを含ませながら、そうして、お父さんと長女と長男のお給仕をするやら、子供たちのこぼしたものを拭くやら、拾うやら、鼻をかんでやるやら、八面六臂のすさまじい働きをして、「お父さんは、お鼻に一ばん汗をおかきになる・・・ 太宰治 「桜桃」
出典:青空文庫