・・・を失わない眼付で、大きな火鉢を前に控えて、盛んに話す。正木大尉は正木大尉で強い香のする刻煙草を巻きながら、よく「軍隊に居た時分」を持ち出す。時には、音吉が鈴を振鳴しても、まだ皆な火鉢の側に話し込むという風であった。「正木さん、一寸この眼・・・ 島崎藤村 「岩石の間」
・・・宗教家は、すぐに信仰を持ち出すし、教育家は、始めから終りまで恩、恩、と書いてある。政治家は、漢詩を持ち出す。作家は、気取って、おしゃれな言葉を使っている。しょっている。 でも、みんな、なかなか確実なことばかり書いてある。個性の無いこと。・・・ 太宰治 「女生徒」
・・・を持出すのや、裁判長のロードの少々勘の悪いところなどが如何にもイギリスらしくて、いつものアメリカの裁判所の場面と変った空気を出しているようである。 どこにもあくどいところやうるさいところがなくて上へ上へと盛り上がって行くような全篇の構成・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(5[#「5」はローマ数字、1-13-25])」
・・・劇映画を見て気のつくことは、第一に芝居の定型にとらわれ過ぎていることである、書き割りを背にして檜舞台を踏んでフートライトを前にして行なって始めて調和すべき演技を不了簡にもそのままに白日のもと大地の上に持ち出すからである。それだから、している・・・ 寺田寅彦 「映画時代」
・・・それがまた特に合議者間に平素から意思の疎通を欠いでいるような場合だと、甲の持ち出す長所は乙の異議で疵がつき、乙の認める美点は甲の詮索でぼろを出すということが往々ある。結局大勢かかればかかる程みんなが「検事」の立場になって、「弁護士」は一人も・・・ 寺田寅彦 「学位について」
・・・第二ページはおかあさんの留守に幼少な娘のリエナが禁を犯してペチカのふたを明け、はね出した火がそれからそれと燃え移って火事になる光景、第三ページは近所が騒ぎだし、家財を持ち出す場面、さすがにサモワールを持ち出すのを忘れていない。第四ページは消・・・ 寺田寅彦 「火事教育」
・・・液体力学を持ち出すまでもなく、こういう所へ家を建てるのは考えものである。しかしあるいは家のほうが先に建っていたので切り通しのほうがあとにできたかもしれない。そうだとすると電車の会社はこの家の持ち主に明白な損害を直接に与えたものだという事が科・・・ 寺田寅彦 「写生紀行」
・・・いずれも何一つ持出すひまもなく、昨夜上野公園で露宿していたら巡査が来て○○人の放火者が徘徊するから注意しろと云ったそうだ。井戸に毒を入れるとか、爆弾を投げるとかさまざまな浮説が聞こえて来る。こんな場末の町へまでも荒して歩くためには一体何千キ・・・ 寺田寅彦 「震災日記より」
・・・をやれとかいろいろの注文を持ち出すようになった。 普通の和製のレコードとヴィクターのと見比べて著しく目につく事は盤の表面のきめの粗密である。その差はことに音波の刻まれた部分に著しい。適当な傾きに光を反射させて見た時に一方のはなんとなくが・・・ 寺田寅彦 「蓄音機」
・・・ この間帝国座の二宮君が来て、あなたの明治座の所感と云うものを読んだが、我々の神経は痲痺しているせいだか何だかあなたの口にするような非難はとうてい持ち出す余地がない、芝居になれたものの眼から見ると、筋なぞはどんなに無理だって、妙だって、・・・ 夏目漱石 「虚子君へ」
出典:青空文庫