・・・私はすぐ承知したが、それから二月たたぬ内に横堀は店の金を持ち逃げした。孤独の寂しさを慰めるために新世界とはつい鼻の先にある飛田遊廓の女に通っていたが、到頭金に詰ったらしかった。保証人の私はその尻拭いをした。 ところが、一年ばかりたったあ・・・ 織田作之助 「世相」
・・・ 百円がところ品物を持ち逃げしやがった!」おやじは口をとがらしていた。 呉清輝と田川とはおやじが扉の外に見えなくなると、吹きだすようにヒヒヒヒと笑いだした。 三日たった。呉清輝は、一方の腕を頸にぶらさげたまま、起て橇に荷物を積んだ。・・・ 黒島伝治 「国境」
・・・鬼の腕みたいに持ち逃げしません。ちょっと見たら、すぐ返しますから。」 先輩は笑いながら手文庫を持ち出し、しばらく捜して一通、私に手渡した。「恐喝は冗談だが。これからは気を附け給え。」「わかっています。」 以下は、その手紙の全・・・ 太宰治 「誰」
出典:青空文庫