・・・けり、縁起などいうものは多く真とし難きものなれど、偽り飾れる疑ありて信とし難しものの端々にかえって信とすべきものの現るる習いなることは、譬えば鍍金せるものの角々に真の質の見るるが如しなどおもう折しも、按摩取りの老いたるが入り来りたり。眼盲い・・・ 幸田露伴 「知々夫紀行」
・・・私は、綴方の事は、きれいに忘れて、学校から帰ると、花壇の手入れ、お使い、台所のお手伝い、弟の家庭教師、お針、学課の勉強、お母さんに按摩をしてあげたり、なかなかいそがしく、みんなの役にたって、張り合いのある日々を送りました。 あらしが、や・・・ 太宰治 「千代女」
・・・その点では按摩をとったりズーシュを浴びたりするのと全く同等ではないかと思われて来るのである。 ことによると、こうした芝居の観客の九十パーセントぐらいまでは、自分では意識していなくとも実はやはりそうした精神的マッサージの生理的効果を目あて・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・腹工合もわるいと言って、一日何んにも食べずに中の間で寝ていたが、昨夜按摩を取ったあとで、いくらか気分がよくなったので、茶の間へ出てきて、思いだしたように御飯を食べていた。 その日になると、お絹は昼ごろ髪を結いに行って、帰ってくると、珍ら・・・ 徳田秋声 「挿話」
・・・こんな事をば、出入の按摩の久斎だの、魚屋の吉だの、鳶の清五郎だのが、台所へ来ては交る交る話をして行ったが、然し、私には殆ど何等の感想をも与えない。私は唯だ来春、正月でなければ遊びに来ない、父が役所の小使勘三郎の爺やと、九紋龍の二枚半へうなり・・・ 永井荷風 「狐」
・・・わたくし等が少年の頃には風の音鐘の響犬の声按摩の笛などが無限の哀愁を覚えさせたばかりではない。夜の闇と静寂とさえもが直に言い知れぬ恐怖の泉となった。之に反して、昭和当代の少年の夢を襲うものは抑も何であろう。民衆主義の悪影響を受けた彼等の胸中・・・ 永井荷風 「巷の声」
・・・ * 金剛寺坂の笛熊さんというのは、女髪結の亭主で大工の本職を放擲って馬鹿囃子の笛ばかり吹いている男であった。按摩の休斎は盲目ではないが生付いての鳥目であった。三味線弾きになろうとしたが非常に癇が悪い。落話家の・・・ 永井荷風 「伝通院」
・・・ あんまり強く、按摩をすると、彼女の胴体には穴が明くのであった。それほど、彼女の皮膚は腐っていたのだ。 だが、世界中の「正義なる国家」が連盟して、ただ一つの「不正なる軍国主義的国家」を、やっつけている、船舶好況時代であったから、彼女・・・ 葉山嘉樹 「労働者の居ない船」
・・・村人は、彼女が女であって、やはり金や家や着物がないと暮して行けない――自分と同じ人間であることも忘れたようになって、或る時は呼んで按摩をさせた。或る時は留守番をさせ、或る時は台処の土間で豆をむかせた。何かさせれば、大抵その晩は泊めてやった。・・・ 宮本百合子 「秋の反射」
・・・ この私の見方は丁度、三人の按摩さんが各自思い思いに象のからだの一部を摩って見て、「象という獣は鼻のような形のものだ。」「いやそうじゃない、尻尾のようなものだ。」「いや、足のようなものだ。」と言い合っているような類いで、・・・ 宮本百合子 「アメリカ文士気質」
出典:青空文庫