・・・ さて、遺憾ながら、この晴の舞台において、紫玉のために記すべき振事は更にない。渠は学校出の女優である。 が、姿は天より天降った妙に艶なる乙女のごとく、国を囲める、その赤く黄に爛れたる峰岳を貫いて、高く柳の間に懸った。 紫玉は恭し・・・ 泉鏡花 「伯爵の釵」
・・・あアいう型に陥った大歌舞伎では型の心得のない素人役者では見得を切って大向うをウナらせる事は出来ないから、まるきり型や振事の心得のない二葉亭では舞台に飛出しても根ッから栄えなかったろうが、沈惟敬もどきの何とかいう男がクロンボを勤めてるよりも舞・・・ 内田魯庵 「二葉亭追録」
・・・飛んだ魂は、夜闇の中に、音に添うてはパッとはなれ、はなれてはまた添い、共にもつれてクルクルクル見えないところで舞の振事、魂がその音か、その音が魂か、音に巻かれて魂はますますとんで行く。とんでとんでとびぬいてやがてもどった魂をもとにおさめてハ・・・ 宮本百合子 「錦木」
出典:青空文庫