・・・子美太白の才、東坡柳州の筆にあらずはいかむかこの光景を捕捉しえん。さてそれより塩竈神社にもうでて、もうこの碑、壺の碑前を過ぎ、芭蕉の辻につき、青葉の名城は日暮れたれば明日の見物となすべきつもりにて、知る人の許に行きける。しおがまにてただの一・・・ 幸田露伴 「突貫紀行」
・・・ニュートンが一見捕捉しがたいような天体の運動も簡単な重力の方則によって整然たる系統の下に一括される事を知った時には、実際ヴォルテーアの謳ったように、神の声と共に渾沌は消え、闇の中に隠れた自然の奥底はその帷帳を開かれて、玲瓏たる天界が目前に現・・・ 寺田寅彦 「科学者と芸術家」
・・・ どうも彼のいう事には順序というものがないから簡単に要領を捕捉するのが困難であるが、まあ例えばこういう事をいう。「空間の中にn個の点がある。そのおのおのの点から平均m本の線を引いて他のm個の点に結ぶ。そうすると合計nかけるのm本の線・・・ 寺田寅彦 「年賀状」
・・・格式に拘泥しない自由な行き方の誹諧であるのか、機知頓才を弄するのが滑稽であるのか、あるいは有心無心の無心がそうであるのか、なかなか容易には捕捉し難いように見える。しかしもし大胆なる想像を許さるれば、古の連歌俳諧に遊んだ人々には、誹諧の声だけ・・・ 寺田寅彦 「俳諧の本質的概論」
・・・ 多年藤原博士の心にかけて来られた渦巻に関する各種の現象でも、実にいろいろの不思議な問題が包蔵されているようであるが、現在までの物理学はまだそれらを問題として捕捉し解析の俎上に載せうるだけに進んでいないように見える。流体力学の専門家はそ・・・ 寺田寅彦 「物理学圏外の物理的現象」
・・・漠然として捕捉すべき筋が貫いておらん。しかし彼らから云うとこうである。筋とは何だ。世の中は筋のないものだ。筋のないもののうちに筋を立てて見たって始まらないじゃないか。どんな複雑な趣向で、どんな纏った道行を作ろうとも畢竟は、雑然たる進水式、紛・・・ 夏目漱石 「写生文」
・・・ヒューマニズムを日夜論じる当代日本の職業的知識代表者と、一般の勤労的知識人との間に、その形は極めて捕捉しがたい、だがはっきりと感じられる生活気分の疎隔がヒューマニズムの論をめぐっていつしか生じはじめたのであった。「知識階級は飽くまで知識・・・ 宮本百合子 「今日の文学の展望」
・・・「漂う泡沫のように捕捉し難い世界をつくる」と形容されているこの婦人作家が、世帯じみた現実的な部屋のことをさして書いたと私は考えにくい。ウルフは、観念の世界で、世俗の女とちがう独特な境地を獲得した自身について、部屋というものを全く一つの象徴と・・・ 宮本百合子 「夫婦が作家である場合」
・・・そしてなぜ好きだか、いやだかと穿鑿してみると、どうかすると捕捉するほどの拠りどころがない。忠利が弥一右衛門を好かぬのも、そんなわけである。しかし弥一右衛門という男はどこかに人と親しみがたいところを持っているに違いない。それは親しい友達の少い・・・ 森鴎外 「阿部一族」
・・・或時は何物かが幻影の如くに浮んでも、捕捉することの出来ないうちに消えてしまう。女の形をしている時もある。種々の栄華の夢になっている時もある。それかと思うと、その頃碧巌を見たり無門関を見たりしていたので、禅定めいた contemplatif ・・・ 森鴎外 「カズイスチカ」
出典:青空文庫