・・・教室では教師がはいって来ると、もみ消さねばならなかったが、授業中吸えないというのが情けなくて、教師と入れちがいに教室をぬけ出すことがしばしばであった。遅刻した時も教室の廊下で一本吸ってからはいった。試験の時は、早く外へ出て吸いたい気持にから・・・ 織田作之助 「中毒」
・・・――それはたとえば彼が半紙などを忘れて学校へ行ったとき、先生に断わりを言って急いで自家へ取りに帰って来る、学校は授業中の、なにか珍しい午前の路であった。そんなときでもなければ垣間見ることを許されなかった、聖なる時刻の有様であった。そう思って・・・ 梶井基次郎 「冬の日」
・・・翌日から自分は平時の通り授業もし改築事務も執り、表面は以前と少しも変らなかった、母からもまた何とも言って来ず、自分も母に手紙で迫る事すら放棄して了い、一日一日と無事に過ぎゆいた。 然し自分は到底悪人ではない、又度胸のある男でもない。され・・・ 国木田独歩 「酒中日記」
・・・ 初めての授業を終って、復た高瀬がこの二階へ引返して来る頃は、丁度二番の下り汽車が東京の方から着いた。盛んな蒸汽の音が塾の直ぐ前で起った。年のいかない生徒等は門の外へ出て、いずれも線路側の柵に取附き、通り過ぎる列車を見ようとした。「・・・ 島崎藤村 「岩石の間」
・・・学校の鐘が鳴りひびいた。授業がはじまるのだ。少年は、うごかなかった。くろんぼは寝ていないのである。さがしてもさがしても見つからぬのである。学校は、しんとなった。授業がはじまったのであろう。第二課、アレキサンドル大王と医師フィリップ。むかしヨ・・・ 太宰治 「逆行」
・・・つるは私を、村の小学校に連れていって、たしか三年級の教室の、うしろにひとつ空いていた机に坐らせ、授業を受けさせた。読方は、できた。なんでもなく、できた。けれども、算術の時間になって、私は泣いた。ちっとも、なんにも、できないのである。つるも、・・・ 太宰治 「新樹の言葉」
・・・ 二時間目の授業を終えて、職員室で湯を呑んで、ふと窓の外を見たら、ひどいあらしの中を黒合羽着た郵便配達が自転車でよろよろ難儀しながらやって来るのが見えた。私は、すぐに受け取りに出た。私の受け取ったものは、思いがけない人からの返書でした。・・・ 太宰治 「新郎」
・・・ ところが、それから五六日して、上野動物園で貘の夫婦をあらたに購入したという話を新聞で読み、ふとその貘を見たくなって学校の授業がすんでから、動物園に出かけていったのであるが、そのとき、水禽の大鉄傘ちかくのベンチに腰かけてスケッチブックへ・・・ 太宰治 「ダス・ゲマイネ」
・・・そうして、今度再び自覚を回復したときは、学校の授業を受けおおせて、いつものように書物のふろしき包みと弁当をちゃんとさげて、通りなれた川ばた道を半ばぐらいまで歩いて来たときであった。そうして、いつものとおり、近所の友だちと話をしながら帰って来・・・ 寺田寅彦 「鎖骨」
・・・昔の小学校の先生などとちがってあまりに立派な教育者としての素養があり過ぎるために、またその上に文部省の監督があまりに行き届き過ぎるために教場における授業が窮屈で煩瑣な鋳型にはいってしまって、その結果は自由に広大であるべきものを極端に制限して・・・ 寺田寅彦 「さるかに合戦と桃太郎」
出典:青空文庫