・・・「蟹は甲らに似せて穴を掘る……も可訝いかな。おなじ穴の狸……飛んでもない。一升入の瓢は一升だけ、何しろ、当推量も左前だ。誰もお極りの貧のくるしみからだと思っていたよ。」 また、事実そうであった。「まあ、そうですか、いうのもお可哀・・・ 泉鏡花 「縷紅新草」
・・・この後とても、幾多の女に接し、幾たびかそれから来たる苦しい味をあじわうだろうが、僕は、そのために窮屈な、型にはまった墓を掘ることが出来ない。冷淡だか、残酷だか知れないが、衰弱した神経には過敏な注射が必要だ。僕の追窮するのは即座に効験ある注射・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・ダルガス、齢は今三十六歳、工兵士官として戦争に臨み、橋を架し、道路を築き、溝を掘るの際、彼は細かに彼の故国の地質を研究しました。しかして戦争いまだ終らざるに彼はすでに彼の胸中に故国恢復の策を蓄えました。すなわちデンマーク国の欧州大陸に連なる・・・ 内村鑑三 「デンマルク国の話」
・・・弁公は堀を埋める組、親父は下水用の土管を埋めるための深いみぞを掘る組。それでこの日は親父はみぞを掘っていると、午後三時ごろ、親父のはね上げた土が、おりしも通りかかった車夫のすねにぶつかった。この車夫は車も衣装も立派で、乗せていた客も紳士であ・・・ 国木田独歩 「窮死」
・・・もう芋を掘る時分かな。」「うむ。」「ああ、芋が食いたいなあ!」 そして坂本はまたあくびをした。そのあくびが終るか終らないうちに、彼は、ぱたりと丸太を倒すように芝生の上に倒れてしまった。 吉永は、とび上った。 も一発、弾丸・・・ 黒島伝治 「渦巻ける烏の群」
・・・しかし古い立派な人の墓を掘ることは行われた事で、明の天子の墓を悪僧が掘って種の貴い物を奪い、おまけに骸骨を足蹴にしたので罰が当って脚疾になり、その事遂に発覚するに至った読むさえ忌わしい談は雑書に見えている。発掘さるるを厭って曹操は多くの偽塚・・・ 幸田露伴 「骨董」
・・・されど敢て乞うて掘るべくもあらねば、そのままに見すてて道を急ぎ、国神村というに至る。この村の名も、国神塚といえるがこのあたりにあるより称えそめしなるべし。 今宵は大宮に仮寝の夢を結ばんとおもえるに、路程はなお近からず、天は雨降らんとし、・・・ 幸田露伴 「知々夫紀行」
・・・嫁も掘る。自分も掘ってみたいと言ったけれど、着物がよごれるからだめだと言って母親が聞かない。嫁は唄を謡う。母親も小声で謡う。謡えぬお長は俯つ伏して蓆の端をむしっている。 常吉が手を叩くと、お長は立って、白馬を引いて行く。網の袋には馬鈴薯・・・ 鈴木三重吉 「千鳥」
・・・これは不都合なようにも思われるが、よく考えてみると、名陶工にはだれでもはなれないが、土を掘ることはたいていだれにでもできるからであろう。 独創力のない学生が、独創力のある先生の膝下で仕事をしているときは仕事がおもしろいように平滑に進行す・・・ 寺田寅彦 「空想日録」
・・・を言い人を責める前にわれわれ自身がもう少ししっかりしなくてはいけないという気がして来た。 断水はまだいつまで続くかわからないそうである。 どうしても「うちの井戸」を掘る事にきめるほかはない。・・・ 寺田寅彦 「断水の日」
出典:青空文庫