・・・内情を御話すれば博士の研究の多くは針の先きで井戸を掘るような仕事をするのです。深いことは深い。掘抜きだから深いことは深いが、いかんせん面積が非常に狭い。それを世間ではすべての方面に深い研究を積んだもの、全体の知識が万遍なく行き渡っていると誤・・・ 夏目漱石 「道楽と職業」
・・・二、三十人の人夫は泥を掘る者もあるその掘った泥を運ぶ者もある。皆泥にまぶれて居る者ばかりだ。泥の臭いは紛々と鼻を衝いて来る。満面皆泥のこのけしきを見て先ず心持が悪くなって来た。 少し休んで居る内背中がぞくぞくと寒くなって来ていよいよ不愉・・・ 正岡子規 「車上の春光」
・・・「上の野原の入り口にモリブデンという鉱石ができるので、それをだんだん掘るようにするためだそうです。」「どこらあだりだべな。」「私もまだよくわかりませんが、いつもみなさんが馬をつれて行くみちから、少し川下へ寄ったほうなようです。」・・・ 宮沢賢治 「風の又三郎」
・・・石ころ、礫がこれを掘るのです。そら水のために礫がごろごろするでしょう。だんだん岩を掘るでしょう。深いところが一層深くなるはずです。もっと大きなのもあります。〕日光の波、日光の波、光の網と、水の網。「ほこの穴こまん円けじゃ。先生。」・・・ 宮沢賢治 「台川」
・・・何でもおれのきくとこに依ると、あいつらは海岸のふくふくした黒土や、美しい緑いろの野原に行って知らん顔をして溝を掘るやら、濠をこさえるやら、それはどうも実にひどいもんだそうだ。話にも何にもならんというこった。」ラクシャンの第三子もつい・・・ 宮沢賢治 「楢ノ木大学士の野宿」
・・・ 一体にアイヌは信心深く、山に行って猟をする時も畑を作る時も、地面を掘る時も、先ずイナオを立てて私共に飲水をお与え下さいとか穀物のよく実るようにとか云って、熱心に祈祷をいたします。けれども、イナオを取扱ったり祈祷をするのは、総べて男子の・・・ 宮本百合子 「親しく見聞したアイヌの生活」
・・・もしも、うちでやるとすれば、東側の竹垣の根へ少々その東からの光線がさす西よりのところに少々、位置をそうきめたとして、土は鉢植えにさえ適さないものだし、すこし深く掘ると、ここは何故だか瓦のこわれだの石ころだのが出る。田舎から来ている従妹は、ジ・・・ 宮本百合子 「昔を今に」
・・・地を掘る反キリストの徒は穴の底から歓喜にふるえる声で「偶像、偶像」と呼んだ。古代の赤煉瓦の壁の間に女神の白い裸身は死骸のごとく横たわっている。そうして千年の闇ののちに初めて光を、炬火の光を、ほのあかく全身に受ける。ヴイナスだ、プラキシテレス・・・ 和辻哲郎 「『偶像再興』序言」
出典:青空文庫