・・・私がもし、あの話を修身の教科書に採用するとしたなら、題を「孤独」とするであろう。 私は、いまこそあの三氏の、あの時の孤独感を知った、と思った。 彼の気焔を聞きながら、私はひそかにそのような煩悶をしているうちに、突如、彼は、「うわ・・・ 太宰治 「親友交歓」
・・・眼の動きにのみたよるという法はどうか。採用可能の要素がないか。しらべて呉れ。 いけないか。一つ一つ入念にしらべてみたか。いや、いちいちその研究発表を、いま、ここで、せずともよい。いずれ、大論文にちがいない。そうして、やっぱり、言葉でなけ・・・ 太宰治 「多頭蛇哲学」
・・・いま黒衣隊が一卒欠けているから、それの補充にお前を採用してあげるというお言葉だ。早くこの黒衣を着なさい。」ふわりと薄い黒衣を、寝ている魚容にかぶせた。 たちまち、魚容は雄の烏。眼をぱちぱちさせて起き上り、ちょんと廊下の欄干にとまって、嘴・・・ 太宰治 「竹青」
・・・ 俳諧連句においては実に巧妙にこれら音響のモンタージュ手法が採用されている。前掲「灰汁桶」の句ではしずくの点滴の音がきりぎりすの声にオーバーラップし、「芭蕉野分して」の句では戸外に荒るる騒音の中から盥に落つる雨漏りの音をクローズアップに・・・ 寺田寅彦 「映画芸術」
・・・このジャングルのなぞが解かれる日までは、われわれはそう軽々しくいろいろなイズムを信用して採用するわけにはゆかないであろうという気がするのである。 寺田寅彦 「映画「マルガ」に現われた動物の闘争」
・・・他人の研究を記述した論文を如何によく精読したところで、その研究者自身の頭の中まで潜り込む事が出来ない以上は、その人の得た結果を採用するという事にはやはりこのイズムの匂がある。 しかしそこまで考えて行くと、人間の知識全体から自分の直接経験・・・ 寺田寅彦 「鸚鵡のイズム」
・・・残りの大多数の人たちは、そういう少数の信用ある批判者の批判の結果だけをそのままに採用して、そうしてその論文のアブストラクトと帰結とだけを承認することになっている。芭蕉の俳諧がわからなくても芭蕉の句のどの句がいい句であるという事を知り、またそ・・・ 寺田寅彦 「科学と文学」
・・・尤も中にはほとんど如何なる審査員にも採用されるもの、また反対にどこへ出してもきっと落第させられるというものも偶にはあるであろうが、その中間のものがなかなかの多数であることは統計学的に考えても明白なことである。さてこそ、そこに依怙や毛嫌いの私・・・ 寺田寅彦 「学位について」
・・・ 大正二年革命の起ってより、支那人は清朝二百年の風俗を改めて、われわれと同じように欧米のものを採用してしまったので、今日の上海には三十余年のむかし、わたくしが目撃したような色彩の美は、最早や街路の上には存在していないのかも知れない。・・・ 永井荷風 「十九の秋」
・・・生れ落ちてから畳の上に両足を折曲げて育った揉れた身体にも、当節の流行とあれば、直立した国の人たちの着る洋服も臆面なく採用しよう。用があれば停電しがちの電車にも乗ろう。自動車にも乗ろう。園遊会にも行こう。浪花節も聞こう。女優の鞦韆も下からのぞ・・・ 永井荷風 「妾宅」
出典:青空文庫