・・・ 記載報告ということは文芸の職分の全部でないことは、植物の採集分類が植物学の全部でないと同じである。しかしここではそれ以上の事は論ずる必要がない。ともかく前いったような「人」が前いったような態度で書いたところの詩でなければ、私は言下に「・・・ 石川啄木 「弓町より」
・・・僕いろいろな虫を採集して標本を造るんじゃないか。」 二郎さんは、はや、捕虫網を持ってきました。すると、突然お母さんが、「あのちょうを捕ってはいけませんよ。あの黒いちょうは、毎日いまごろ、ゆりの花に飛んでくるのです。お母さんは、とうか・・・ 小川未明 「黒いちょうとお母さん」
・・・植物の採集をしにこの滝へ来た色の白い都の学生である。このあたりには珍らしい羊歯類が多くて、そんな採集家がしばしば訪れるのだ。 滝壺は三方が高い絶壁で、西側の一面だけが狭くひらいて、そこから谷川が岩を噛みつつ流れ出ていた。絶壁は滝のしぶき・・・ 太宰治 「魚服記」
・・・ 採集した綿の中に包まれている種子を取り除く時に、「みくり」と称する器械にかける。これは言わば簡単なローラーであって、二つの反対に回る樫材の円筒の間隙に棉実を食い込ませると、綿の繊維の部分が食い込まれ食い取られて向こう側へ落ち、堅くてロ・・・ 寺田寅彦 「糸車」
このごろ時々写真機をさげて新東京風景断片の採集に出かける。技術の未熟なために失敗ばかり多くて獲物ははなはだ少ない。しかし写真をとろうという気で町を歩いていると、今までは少しも気のつかずにいたいろいろの現象や事実が急に目に立・・・ 寺田寅彦 「カメラをさげて」
・・・子供の時分に少しばかり植物の採集のまね事をして、さくようのようなものを数十葉こしらえてみたりしたことはあったが、その後は特別に山野の植物界に立ち入った観察の目を向けるような機会もなくて年を経て来た。最近にある友人の趣味に少しかぶれて植物界へ・・・ 寺田寅彦 「沓掛より」
・・・玉と石とを区別する前には、石も一応採集して吟味しなければならない。石を恐れて手を出さなければ玉は永久に手に入らない。三 春のラテン語が ver であるが、ポルトガル語の vero は夏である。ペルシアの春は bahr, ・・・ 寺田寅彦 「言葉の不思議」
・・・ この日峰の茶屋近くで採集した降灰の標本というのを植物学者のK氏に見せてもらった。霧の中を降って来たそうで、みんなぐしょぐしょにぬれていた。そのせいか、八月四日の降灰のような特異な海綿状の灰の被覆物は見られなかった。あるいは時によって降・・・ 寺田寅彦 「小爆発二件」
大正十二年八月二十四日 曇、後驟雨 子供等と志村の家へ行った。崖下の田圃路で南蛮ぎせるという寄生植物を沢山採集した。加藤首相痼疾急変して薨去。八月二十五日 晴 日本橋で散弾二斤買う。ランプの台に入れるため。・・・ 寺田寅彦 「震災日記より」
・・・こうして採集した蛭を売って二銭三銭の生活費をかせいでいたのである。思い出すだけでも世界が暗くなるくらいで、杖という杖の中でもこういうばあさんの杖などは最もみじめな杖であろう。 親類のじいさんで中風をしてから十年も生きていたのがあった。・・・ 寺田寅彦 「ステッキ」
出典:青空文庫