・・・一度左近が兵衛らしい梵論子の姿に目をつけて、いろいろ探りを入れて見たが、結局何の由縁もない他人だと云う事が明かになった。その内にもう秋風が立って、城下の屋敷町の武者窓の外には、溝を塞いでいた藻の下から、追い追い水の色が拡がって来た。それにつ・・・ 芥川竜之介 「或敵打の話」
・・・』と、探りの錘を投げこみました。すると三浦はしばらくの間、私の問が聞えないように、まだ月代もしない御竹倉の空をじっと眺めていましたが、やがてその眼を私の顔に据えると、低いながらも力のある声で、『どうもしない。一週間ばかり前に離縁をした。』と・・・ 芥川竜之介 「開化の良人」
・・・ 陳は小銭を探りながら、女の指へ顋を向けた。そこにはすでに二年前から、延べの金の両端を抱かせた、約婚の指環が嵌っている。「じゃ今夜買って頂戴。」 女は咄嗟に指環を抜くと、ビルと一しょに彼の前へ投げた。「これは護身用の指環なの・・・ 芥川竜之介 「影」
・・・彼れは腹がけの丼の中を探り廻わしてぼろぼろの紙の塊をつかみ出した。そして筍の皮を剥ぐように幾枚もの紙を剥がすと真黒になった三文判がころがり出た。彼れはそれに息気を吹きかけて証書に孔のあくほど押しつけた。そして渡された一枚を判と一緒に丼の底に・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・ 町を行くにも、気の怯けるまで、郷里にうらぶれた渠が身に、――誰も知るまい、――ただ一人、秘密の境を探り得たのは、潜に大なる誇りであった。 が、ものの本の中に、同じような場面を読み、絵の面に、そうした色彩に対しても、自から面の赤うな・・・ 泉鏡花 「瓜の涙」
・・・魘われたるごとく四辺をみまわし、慌しく画の包をひらく、衣兜のマッチを探り、枯草に火を点ず。野火、炎々。絹地に三羽の烏あらわる。凝視。彼処に敵あるがごとく、腕を挙げて睥睨す。画工 俺の画を見ろ。――待て、しかし、絵か、・・・ 泉鏡花 「紅玉」
・・・それでも自分は手探り足探りに奥まで進み入った。浮いてる物は胸にあたる、顔にさわる。畳が浮いてる、箪笥が浮いてる、夜具類も浮いてる。それぞれの用意も想像以外の水でことごとく無駄に帰したのである。 自分はこの全滅的荒廃の跡を見て何ら悔恨の念・・・ 伊藤左千夫 「水害雑録」
・・・あの会合は本尊が私設外務大臣で、双方が探り合いのダンマリのようなもんだったから、結局が百日鬘と青隈の公卿悪の目を剥く睨合いの見得で幕となったので、見物人はイイ気持に看惚れただけでよほどな看功者でなければドッチが上手か下手か解らなかった。あア・・・ 内田魯庵 「二葉亭追録」
・・・すると、隣の国から、人が今度のご縁談について探りにきたといううわさが、すぐにその国の人々の口に上りましたから、さっそく御殿にも聞こえました。「どうしても、あの、美しい姫を、自分の嫁にもらわなければならぬ。」と、皇子は望んでいられるやさき・・・ 小川未明 「赤い姫と黒い皇子」
・・・それは道も灯もない大きな暗闇であった。探りながら歩いてゆく足が時どき凹みへ踏み落ちた。それは泣きたくなる瞬間であった。そして寒さは衣服に染み入ってしまっていた。 時刻は非常に晩くなったようでもあり、またそんなでもないように思えた。路をど・・・ 梶井基次郎 「過古」
出典:青空文庫