・・・ 二 自分が前に推賞した橋梁と天主閣とは二つながら過去の産物である。しかし自分がこれらのものを愛好するゆえんはけっして単にそれが過去に属するからのみではない。いわゆる「寂び」というような偶然的な属性を除き去っても・・・ 芥川竜之介 「松江印象記」
・・・という小品を素材にして、小説が作られて行くべきで、日本の伝統的小説の約束は、この小説に於ける少年工の描写を過不足なき描写として推賞するが、過不足なき描写とは一体いかなるものであるか。われわれが過去の日本の文学から受けた教養は、過不足なき描写・・・ 織田作之助 「可能性の文学」
・・・それは妖婦タイプの女として、平生から彼の推賞している女だ。彼はその女と私とを突合わして、何らかの反応を検ようというつもりであったらしい。私はその天水桶へ踏みこんだ晩、どんな拍子からだったか、その女を往来へ引っぱりだして、亡者のように風々と踊・・・ 葛西善蔵 「遁走」
・・・ショーペンハウアーとニーチェは文学者として推賞するのだそうである。しかしニーチェはあんまりギラギラしていると云っている。 彼が一種の煙霞癖をもっている事は少年時代のイタリア旅行から芽を出しているように見える。しかし彼の旅行は単に月並な名・・・ 寺田寅彦 「アインシュタイン」
・・・と思う絵を観客に自由に遠慮なく投票をさせて、オストラキズムの真似をしたらどうかと思う。推賞する方の投票だと「運動」が横行して結果は無意味に終るにきまっているが、排斥する方の投票だと、その結果は存外多少の参考になるかもしれない。そうして最後に・・・ 寺田寅彦 「異質触媒作用」
・・・の不合理を諷諌し、実験心理的な脈搏の検査を推賞しているなども、その精神においては科学的といわれなくはないであろう。「小指は高くゝりの覚」で貸借の争議を示談させるために借り方の男の両手の小指をくくり合せて封印し、貸し方の男には常住坐臥不断に片・・・ 寺田寅彦 「西鶴と科学」
・・・それを何故先生が読んで聞かせたのかというと、詳しい理由は今思い出せないが、何でも希臘の文学を推称した揚句の事ではなかったかと思う。とにかく先生はそういう性質の人なのである。 先生の作った「日本におけるドン・ジュアンの孫」という長詩も慥か・・・ 夏目漱石 「博士問題とマードック先生と余」
・・・ 芥川龍之介が、漱石に推賞されたのは「鼻」という歴史的な題材による作品であった。「羅生門」「地獄変」「戯作三昧」その他、芥川龍之介の作品には歴史的な人物を主人公としたり、古い物語のなかに描かれている人物をかりた作品が多い。 大体・・・ 宮本百合子 「鴎外・芥川・菊池の歴史小説」
出典:青空文庫