・・・市民税を納めることに、勤労市民の一人としての誇りを感じようとする心は、上級学校への道の封鎖や戸主であるなしの問題、その他の現実を思いめぐらしたとき、前途に洋々たる展望を描き出すことの困難さに当惑するであろうと思われる。青年に期待するというの・・・ 宮本百合子 「今日の耳目」
・・・そこでは十年前にはっきり描き出す自由をうばわれていたソヴェトの社会主義社会の生活の中で女主人公が経験した民族の文学にたいする愛の実感や登場人物などの関係が語られるであろう。〔一九五〇年十二月〕・・・ 宮本百合子 「作者のことば(『現代日本文学選集』第八巻)」
・・・をリアルに描き出す可能をも失っていた。 かように文学として自主的な必然に立っていなかった農民文学のグループが、本来ならばますます描かれるべき農村状態の緊張の高まりと共に忽ち方向を転換して次の年には南洋進出の潮先に乗って海洋文学懇話会とい・・・ 宮本百合子 「昭和の十四年間」
・・・ 文学は人生社会の諸相を、眼の前にまざまざと見え感じるように描き出す。そこで社会の明るさと暗さはどういう関係において見られるのだろうか。ここに文学の新しい見方があると思う。婦人と文学という問題をとりあげて、それを人類と文学の歴史という問・・・ 宮本百合子 「女性の歴史」
・・・在的な余裕、安心と、彼女の空想によって神秘化され、何かしら魅惑的な色彩をほどこされている死そのものの概念とが、どんな幸福な若者の心をも、一度は必ず訪れるに違いない感傷的な憂愁の力をかりて、驚くべき劇を描き出すのである。 その幻想の世界に・・・ 宮本百合子 「地は饒なり」
・・・民主主義文学は世界の歴史におくり出されて、ブルジョア文学の内部では大ざっぱにしか理解されなかった一般人間性から、人間の階級性を描き出すことを可能にしたし、更にはかなく弱く権力に踏みにじられる存在でしかあり得なかった個性と、個々の自我とを、複・・・ 宮本百合子 「討論に即しての感想」
・・・内面的に、そして行動の上で動揺する人物を描き出すとき、俳優としては一個の確立した人間的存在でなければ、それが描き出せないという事実は、実にわたしをつよく感銘させた。それは上手、下手の問題より、もっと根柢の課題である。人及び俳優として存在する・・・ 宮本百合子 「俳優生活について」
・・・どの流派を追い、どの筆法を利用するにしても、要するに洋画家の目ざすところは、目前に横たわる現実の一片を捕えて、それを如実に描き出すことである。彼らにとって美は目前に在るものの内にひそんでいる。机の上の果物、花瓶、草花。あるいは庭に咲く日向葵・・・ 和辻哲郎 「院展遠望」
・・・そうしてそれを描き出すに必要でないものはすべて省いてしまった。氏はこの情趣に焦点を置いて、この焦点をはずれたものを顧みない。この態度が、右のごとき焦点をきめずに、ありのままに感得した美を描いて、おのずからに情趣を滲み出させる態度と異なってい・・・ 和辻哲郎 「院展日本画所感」
・・・畢竟、彼は人類の姿を描き出すことができない。彼には悪を憎む心のみあって憐慰がない。この関係を彼のメフィストが示している。彼のメフィストは否定の矢をただ偽善者の上に――臭いものを覆うた蓋の上に――のみ向けるのである。彼は破壊を喜ぶが、しかし真・・・ 和辻哲郎 「転向」
出典:青空文庫