・・・そのほかまだ何だ彼だといろいろな打撃を通算したら、少くとも三万円内外は損失を蒙っているのに相違ない。――そんな事も洋一は、小耳に挟んでいたのだった。「ちっとやそっとでいてくれりゃ好いが、――何しろこう云う景気じゃ、いつ何時うちなんぞも、・・・ 芥川竜之介 「お律と子等と」
・・・私たちはこの損失のお蔭で生活に一段と深入りしたのだ。私共の根はいくらかでも大地に延びたのだ。人生を生きる以上人生に深入りしないものは災いである。 同時に私たちは自分の悲しみにばかり浸っていてはならない。お前たちの母上は亡くなるまで、金銭・・・ 有島武郎 「小さき者へ」
・・・俺たちのように良心をもって真剣に働く人間がこんな大きな損失を忍ばねばならぬというのは世にも悲惨なことだ。しかし俺たちは自分の愛護する芸術のために最後まで戦わねばならない。俺たちの主張を成就するためには手段を選んではいられなくなったんだ。俺た・・・ 有島武郎 「ドモ又の死」
・・・いったい私の家は音楽に対する趣味は貧弱で、私なども聴くことは好きであるが、それに十分の理解を持ちえないのは、一生の大損失だと思っている。 有島武郎 「私の父と母」
・・・旧き宗教を維持せんとするの結果、フランス国が失いし多くのもののなかに、かの国にとり最大の損失と称すべきものはユグノー党の外国脱出でありました。しかして十九世紀の末に当って彼らはいまだなおその祖先の精神を失わなかったのであります。ダルガス、齢・・・ 内村鑑三 「デンマルク国の話」
・・・新刊書が入手しにくくなったという苦情もきくが、しかし、入手し損って一生の損失になるようなそんな新刊書がどれくらいあろうか。噂だけきいて会うことの出来なかった恋人でも、いざ会うてみると、それほどのこともないのである。苦情は当らない。僕は繰りか・・・ 織田作之助 「僕の読書法」
・・・われはこの経過を唸かず哀しまざるなり。われはこの損失を償いて余りある者を得たり。すなわちわれは思想なき児童の時と異なり、今は自然を観ることを学びたり。今や人情の幽音悲調に耳を傾けたり。今や落日、大洋、清風、蒼天、人心を一貫して流動する所のも・・・ 国木田独歩 「小春」
・・・また本人の一生の幸福から見て、そうすることが損失であろうか。私は経験から考えてそうは思われない。女を知ることは青春の毒薬である。童貞が去るとともに青春は去るというも過言ではない。一度女を知った青年は娘に対して、至醇なる憧憬を発し得ない。その・・・ 倉田百三 「学生と生活」
・・・七枚の紙幣をろうそくの火でもやしたって、これほど痛烈な損失感を覚えないだろう。実に、ムダだ。意味無い。 山盛りの底のほうの、代用味の素の振りかかっていない一片のカラスミを、田島は、泣きたいような気持で、つまみ上げて食べながら、「君は・・・ 太宰治 「グッド・バイ」
・・・一語はっするということは、すなわち、二、三千の言葉を逃がす冷酷むざんの損失を意味して居ります。そうして、以上の、われにも似合わぬ、幼き強がりの言葉の数々、すべてこれ、わが肉体滅亡の予告であること信じてよろしい。二度とふたたびお逢いできぬだろ・・・ 太宰治 「二十世紀旗手」
出典:青空文庫