・・・こおろぎや蜘蛛や蟻やその他名も知らない昆虫の繁華な都が、虫の目から見たら天を摩するような緑色の尖塔の林の下に発展していた。 この動植物の新世代の活動している舞台は、また人間の新世代に対しても無尽蔵な驚異と歓喜の材料を提供した。子供らはよ・・・ 寺田寅彦 「芝刈り」
・・・海の中にもぐった時に聞こえる波打ちぎわの砂利の相摩する音や、火山の火口の奥から聞こえて来る釜のたぎるような音なども思い出す。もしや獅子や虎でも同じような音を立てるものだったら、この音はいっそう不思議なものでありそうである。それが聞いてみたい・・・ 寺田寅彦 「ねずみと猫」
・・・また心理と自然と社会との観察者としても、ロシアの巨人の塁を摩する。彼もまた「人間」の運命を描いた。そして我々に新しいファウストを与えた。 私は近ごろ彼の『赤い室』をゾラの『パリ』と比較してみた。彼がゾラの影響の下にその処女作を書いたこと・・・ 和辻哲郎 「生きること作ること」
出典:青空文庫