・・・そのような解しかたが、小林秀雄氏の小さい一文の中でさえ、他の一方で主張されている実証的態度の主張との間にあからさまな自己撞着を示しているような誤りであることが自明であるからこそ、序説以下の「経済学批判」の方法が、今日の活ける古典として物を云・・・ 宮本百合子 「文芸時評」
・・・ 今日響いている国民文学の声にある政治への文学の協力は、従って、それよりずっとずっと手前の、現在の日本をこめた世界の大多数の社会がおかれている矛盾、混乱、撞着の中でいわれているのであり、その実際条件は、当然のこととしてその呼び声にも様々・・・ 宮本百合子 「平坦ならぬ道」
・・・ 歴史の激しくうつりかわる時期には、標語めいたものはどんどんうつり変り、表面からそれを追えばそこには矛盾も撞着も生じる。時代の風波はいかようであろうとも、私たちが女として人間として、よく生きぬかなければならない自身への責任はどこへ托しよ・・・ 宮本百合子 「身についた可能の発見」
・・・ところで、今日の私たちの日暮しなるものの土台はまことに矛盾撞着甚しいものがあるのであるから、作者山本氏の与える種類の正義感の満足には一面に、その当然の性質として大きく現代の常套と妥協せざるを得ないところがある訳である。否、或は、他の多くの作・・・ 宮本百合子 「山本有三氏の境地」
・・・それを引っ繰り返して見ているうちに、サフランと云う語に撞着した。まだ植字啓源などと云う本の行われた時代の字書だから、音訳に漢字が当て嵌めてある。今でもその字を記憶しているから、ここに書いても好いが、サフランと三字に書いてある初の字は、所詮活・・・ 森鴎外 「サフラン」
・・・――しかしこれは片づける事自身に対する反感ではなくて、人生の矛盾や撞着をあまりに手軽に考える事に対する反感である。先生は望ましくない種々の事実のどうにもできない根強さを見た。そうしてそのために苦しみもがいた後、厭世的な「あきらめ」に達した。・・・ 和辻哲郎 「夏目先生の追憶」
出典:青空文庫