・・・長い橋の中ほどに立って眺望を恣にすると、対岸にも同じような水門があって、その重い扉を支える石造の塔が、折から立籠める夕靄の空にさびしく聳えている。その形と蘆荻の茂りとは、偶然わたくしの眼には仏蘭西の南部を流れるロオン河の急流に、古代の水道の・・・ 永井荷風 「放水路」
・・・梟のお母さんと二人の兄弟とが穂吉のまわりに座って、穂吉のからだを支えるようにしていました。林中のふくろうは、今夜は一人も泣いてはいませんでしたが怒っていることはみんな、昨夜どころではありませんでした。「傷みはどうじゃ。いくらか薄らいだか・・・ 宮沢賢治 「二十六夜」
・・・世界の平和の確保のうちにめいめいの家庭の平和の保障が存在することを実感する主婦の感情こそ、日本の未来を明るく支える文化の感覚である。権力を失うまいとするものが、どんなに卑しく膝をかがめて港々に出ばろうとも、着実真摯な男女市民の人生は、個人と・・・ 宮本百合子 「偽りのない文化を」
・・・楕円形の珠なりにぎざぎざした台の手が出ているのが、急に支える何ものも無くなった。それでもぎざぎざは頑固にぎざぎざしている。掴んでいるのは空だ。空っぽの囲りで、堅い金具が猶もそのような恰好をしているのを見るのは厭な気持であった。 それで自・・・ 宮本百合子 「毛の指環」
・・・名状し難い献身、堅忍、労作、巨大な客観的な見とおしとそれを支えるに足る人間情熱の総量の上に、徐々に推しすすめられて来ている。決して反復されることない個人の全生涯の運命と歴史の運命とは、ここに於て無限の複雑さ、真実さをもって交錯しあっているの・・・ 宮本百合子 「こわれた鏡」
・・・文壇の外に出るということが言われているのであるが、抽象的な文壇はその人々の経済生活を支えるための出版活動をしていたというのではないから、執筆は従来も営利的な出版物の上にされていた訳である。作品の市場としての今日の新聞雑誌、単行本出版のことは・・・ 宮本百合子 「今日の文学の鳥瞰図」
・・・この天皇制の尾骨のゆえに、一九四〇年ごろのファシズムに抗する人民戦線は、日本で理性を支えるいかなる支柱ともなり得なかった。『人間』十一月号に、獅子文六、辰野隆、福田恆存の「笑いと喜劇と現代風俗と」という座談会がある。日本の人民が笑いを知・・・ 宮本百合子 「「下じき」の問題」
・・・――櫛田さんは何として娘さんを支えるだろう。櫛田さんの母としての心、娘さんの心もち、どちらも、その期待、その不安によってわたしの実感にしみとおるものだった。その辛さにかかわらず若い娘さんのその心を共に生きて、守ってやっている母としての櫛田さ・・・ 宮本百合子 「その人の四年間」
・・・こうして、人間の歴史は最も高価な実験費をかけて、より理性的に、より叡智的に組織され、人間の幸福を支えるに足る社会をつくり出してゆこうと努力している。 世界のこういう現実を、わたしたちが経験した戦争の十数年間、最悪の数年間と思いくらべたと・・・ 宮本百合子 「それらの国々でも」
・・・けれども、このつつましい、繊手なおよくそれを支える一つの手鏡が何と興味つきない角度から、言葉すくなく、善良な一人のアメリカ婦人の衿あしにみだれかかる幾筋かのおくれ毛を見せてくれているだろう。東と西とが団欒する客間の椅子では語られず、聴かれな・・・ 宮本百合子 「春桃」
出典:青空文庫