・・・しかし彼等の生活も運命の支配に漏れる訣には行かない。運命はある真昼の午後、この平々凡々たる家庭生活の単調を一撃のもとにうち砕いた。三菱会社員忍野半三郎は脳溢血のために頓死したのである。 半三郎はやはりその午後にも東単牌楼の社の机にせっせ・・・ 芥川竜之介 「馬の脚」
・・・尤もその押して行く力が、まだ十分江口に支配され切っていない憾もない事はない。あの力が盲目力でなくなる時が来れば、それこそ江口がほんとうの江口になり切った時だ。 江口は過去に於て屡弁難攻撃の筆を弄した。その為に善くも悪くも、いろいろな誤解・・・ 芥川竜之介 「江口渙氏の事」
・・・ もし私の考えるところが間違っていなかったら、私が前述した意味の労働者は、従来学者もしくは思想家に自分たちを支配すべきある特権を許していた。学者もしくは思想家の学説なり思想なりが労働者の運命を向上的方向に導いていってくれるものであるとの・・・ 有島武郎 「宣言一つ」
・・・僕の言葉でいうならば第四階級と現在の支配階級との私生児が、一方の親を倒そうとしている時代である。そして一方の親が倒された時には、第四階級という他方の親は、血統の正しからぬ子としてその私生児を倒すであろう。その時になって文化ははじめて真に更新・・・ 有島武郎 「片信」
・・・ この刹那には、この場にありあわしただけの人が皆同じ感じに支配せられている。どうして、この黒い上衣を着て、シルクハットを被った二十人の男が、この意識して、生きた目で、自分達を見ている、生きた、尋常の人間一匹を殺すことが出来よう。そんな事・・・ 著:アルチバシェッフミハイル・ペトローヴィチ 訳:森鴎外 「罪人」
・・・ そこで文章の死活がまたしばしば音調の巧拙に支配せらるる事の少からざるを思うに、文章の生命はたしかにその半以上懸って音調の上にあることを信ずるのである。故に三下りの三味線で二上りを唄うような調子はずれの文章は、既に文章たる価値の一半を失・・・ 泉鏡花 「おばけずきのいわれ少々と処女作」
・・・野心も功名もむしろ心外いっさいの欲望も生命がどうかこうかあってのうえという固定的感念に支配されているのだ。僕の生命からしばらくなりとも妻や子を剥ぎ取っておくならば、僕はもう物の役に立たないものになるに違いないと思われるのだ。そりゃあまり平凡・・・ 伊藤左千夫 「去年」
・・・すなわちこの世の中はこれはけっして悪魔が支配する世の中にあらずして、神が支配する世の中であるということを信ずることである。失望の世の中にあらずして、希望の世の中であることを信ずることである。この世の中は悲嘆の世の中でなくして、歓喜の世の中で・・・ 内村鑑三 「後世への最大遺物」
・・・人間の生活が、科学の法則のみによって支配されるものでないからである。そして、永久に、説明しつくされざる何ものかを残しているためである。 このことは、自己を認識すること、いよ/\深ければ、深い程、思いあたるにちがいない。即ち科学の外に、芸・・・ 小川未明 「純情主義を想う」
・・・面白い目もして来たが、背中のこれさえなければ堅気の暮しも出来たろうにと思えば、やはり寂しく、だから競馬へ行っても自分の一生を支配した一の番号が果たして最悪のインケツかどうかと試す気になって、一番以外に賭けたことがない。 聴いているうちに・・・ 織田作之助 「競馬」
出典:青空文庫